お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。
「さあ、今日は白檀の香りです。どうぞ、お召しになってください」
カイラに用意してもらった衣裳は、いつもいい香りがした。何処に居ても、彼女と一緒にいるような、勇気づけられるようなそんな気持ちになる。
「カイラ……」
強引に自分のものにしたのはわがままだった。
妻がいる身で、彼女が逆らえるわけがないと知っていて彼女を愛し、後ろ指をさされる立場に落とした。
それでも、ナサニエルは彼女が欲しかった。彼女のくれる穏やかな時間に、何より救われていた。
だから、彼女に与えた立場が彼女を傷つけていたと知ったとき、もうどうすることも出来なくなってしまったのだ。
鍵の閉まった扉の前に立ち、ナサニエルは一瞬躊躇した。
中にはカイラがいる、無意識にさまようくらいに心を傷つけられ、ボロボロになった彼女が。
手放すことさえできず、無理やり離宮に閉じ込めた自分には、弁明する言葉などありはしない。
しかし、背中にかけられたロザリーの声に、ハッとした。
「陛下、早く。ひとりで動いていては、カイラ様が怪我をされるかもしれません!」
思い悩んでいる暇などないのだと、慌てて鍵を開け中に入る。
そこで、カイラはランプをもって何か探している仕草をしていた。
「カイラ……?」
生気のない目でナサニエルを見つめた彼女は、ランプを窓の枠に置き、歩き出す。