お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。
すぐにレイモンドが引きはがそうとしたが、多勢に無勢、頬を殴られ、地面に転がされる。
「レイモンド! ……やめてください。彼に手を出さないで」
「お前がおとなしく来れば、他の人間には手を出さない」
警備兵の言葉に、オードリーは渋々頷いた。
「オードリー!」
「大丈夫よ、レイモンド。私は何もやっていない。バイロン様に会うどころか、城にも行ってい無いんだもの。なにかの間違いよ。それを証明してくるわ」
「なかなか、賢明な女性だ。では参りましょう。アイザック王子も、……よろしいですね」
罠だ、とザックはすぐに分かった。
それでも、正式な手順を踏んで同行を求めてくる警備隊に反抗すれば、それだけで罪に問われる可能性がある。
「わかった。行こう」
「ザック様」
ロザリーは思わず彼の背中にしがみついた。不安から、その手は小刻みに震えている。ザックは彼女の不安をなだめるように、体の向きを変え、彼女の背中を撫でる。
「大丈夫だ。容疑を晴らしに行くだけだよ。オードリー殿もすぐ帰れるようにする。待っててくれ」
「でも……」
それでもなお、不安を顔に覗かせたロザリーに、ザックは彼女の心を支えるための約束を残した。
「大事な話があるんだ。帰ってきたら、話すよ。約束だ」
持ち上げた彼女の手の、薬指の付け根に口づけし、ザックはケネスを振り仰いだ。
「ケネス、ロザリーを頼む」
「分かった」
「レイモンドも……しばらくは王都を抜け出すのは無理だろう。ここでしばらく預かってもらうといい」
レイモンドが頷いたのを確認すると、ザックは警備兵とともに歩き出した。
同時に引っ立てられるオードリーに向かって、「ヤダっ、ママぁ」と叫ぶのはクリスだ。
「クリスさん。大丈夫ですよ。大丈夫……」
ロザリーはクリスを抱きしめる。自分自身、なにか頼れるものを探していたのかもしれない。
「ご協力感謝します、では」
警備隊はザックとオードリーをそれぞれ別の馬車に乗せ、連れていった。
潮が引いたかのように、そこにはいつものイートン伯爵邸の庭が広がっている。
ロザリーとクリスは彼らが立ち去った後を、ただ茫然と見つめていた。