お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。
バイロンにとって、唯一の人が父だった。父にとっても、自分が唯一無二の息子でいたかった。
だがそんなのは、自分のエゴに過ぎない。それも、力を無くして初めて気づいたことだが。
(だがアイザックは違うな……)
アイザックには、イートン伯爵家のケネスという信頼できる側近がいる。
バイロンとすり寄ってくる貴族子息との関係とは違い、あのふたりは時折本気でケンカもする。きっと友と呼べる存在なのだろう。
アイザックは変に素直なところがある。特に療養から戻ってきてからは、バイロンの話にもよく耳を傾けてくれるようになった。信じてもいいかもしれない、とバイロンは思い始めている。
(もしアイザックに、協力してくれる気があるなら……)
自分はまだ、父の役に立てる。体が動かなくても、頭はまだ十分に働けるのだ。
バイロンにはそれがこれ以上ない名案に思えた。
王太子としての知識を弟に与え、父王をふたりで支えていく。
治らない体を恨むより、そのほうがよほどいい生き方だし、自分の証が残せるような気がした。
「バイロン、調子はどうだ」
ノックの音に、バイロンは思考を止め、扉に顔だけを向ける。
入ってきたのは、伯父だ。
「これは、伯父上」
起き上がろうとしたバイロンを、伯父は右手で寝ているよう制した。
「恐れ入ります」
「様子を見に来たのだ。具合はどうだ」
体調を心配する言葉に、真意はどこかと思いを巡らす。
かつて目をつぶっていたバイロンの枕もとで、「死にぞこないなのだから、せめてあの妾の子を道連れにしてもらわんとな」と言ったのはたしかに彼だったのだ。