お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。
「……造幣局の局長は誰でしたっけ」
「サイラスです。サイラス・ウィストン伯爵。学術院を卒業してからずっと造幣局勤めで、五年前に局長に就任しています」
ザックは記憶を手繰ってみるが、顔も思い出せない。
「もう一度視察に行くことは不可能なんですか?」
「それが、一度視察が入ったことを盾に、YESと言ってくれんのです。ここは王子にウィストン伯爵と個人的に親しくなってもらったほうがいい。王子から個人的に頼まれれば、NOとは言えないと思うのですよ」
「親しく……ねぇ。しかしきっかけがないと。彼は中立派の人間でしたよね」
「そうです。そのための夜会ではないですか。頼みましたぞ」
この国では王家主催の夜会が月に一度開かれる。
農閑期に入るこの時期は、遠方の領土から社交界デビューする令嬢などが参加するため、常の夜会よりも参加者は多い。
「夜会ね……できれば避けて通りたかった手だな」
ザックは頷き、軽くため息をついた。