お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。


これが、ケネスがザックのもとを去るまでの一部始終だ。
ケンカ別れとはいえ、ケネスが自分のことを心配してくれていることくらい、ザックには理解できている。
ただ主張がかみ合っていないだけなのだ。
ザックはロザリーを守るために離れることを選び、ケネスは守りたいならそばに置けという。

それがかみ合う日が来るまで、ケネスと和解はできそうにない。
ザックは言葉を選びながら、心配顔の伯爵に笑顔を向けた。


「イートン伯爵が心配するようなことではありません。俺は今でもケネスを信用していますし、時が来たらまた側近として働いてもらいたいと思っています」

「そうかい。それならばいいけれど。私にとっては君たちは仲の良い兄弟のようなものだからね。ケンカされていると落ち着かないものでね」

「俺もです。早く、事態を収束させて落ち着きたいですね」

しかし、落ち着いた状態とは一体どの状態を指すのだろう。
一度はケネスに指摘されたそれが、今になって気になってくる。

ザックが最も望む状況は、王太子バイロンが健康になり、政治の舵を握ることだ。
けれど、この原因が病魔である以上、望みは薄い。

このままではおのずと王位が自分の手元に転がり落ちてくる。
そうなった場合、隣に立つ女性が安全である保障は一生訪れない。
ロザリーが立場の弱い男爵令嬢であることも不安の種だ。イートン伯爵が後ろ盾となってくれればそれなりの箔はつくが、アンスバッハ侯爵にかなうわけではない。
立場の弱い王妃がたどる苦難の道を、ザックは自分の母を見て知っている。ロザリーにそんな辛い思いをさせるのは本意ではない。

だが、そうしたら、自分は一生ロザリーを遠ざけておくつもりなのか。

それが現実的な策ではないことに、ザックは自分でも気づき始めていた。


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