アスファルトに咲く
桜咲く季節、このは先生は僕らの学校に赴任してきた。
壇上に置かれた椅子のひとつに腰掛けて、遠目から確認しただけでも周りの先生達よりも一際若く見えた。
新たに赴任してきた先生達を紹介する校長先生の言葉は正直覚えていない。
なんなら、この式自体のことも大して覚えていない。
ただ、定年退職間際かと思われる年齢の先生が多いこの学校に、若い女性の先生が赴任してきたことが物珍しく白いブラウスが眩しく見えたこと。
それだけを鮮烈に覚えている。
そんなこのは先生を間近で見ることになったのは教室でのことだ。



「初めまして、今日から皆さんの担任になります」

教壇に立つこのは先生の声は、透き通るよう……ではなく、緊張が伝わるこわばったものだった。
黒髪をひとつに束ね、白いブラウスにベージュのジャケット、柄のないシンプルな長いスカート姿のその人は、清楚という言葉がぴったりとあった。
後ろ姿でチョークを手に取り黒板にすらすらと文字を書く。
行書体で書かれた“青柳 このは”という文字が美しく整っていた。

「青柳このは、です。皆さんのことをたくさん知って、一緒にたくさんのことを学べたら嬉しいです」

緊張にこわばった声だったけれど、その方がなんだか人間味がある気がした。
先生というのは偉そうにしていて、緊張なんてしないものだと思っていた小学五年生の僕は、このは先生が何故こんなにも緊張していたのかは想像出来なかったけれど、たったそれだけで好感を持った。

今となっては恐らく、女性で29歳という年齢で新しい赴任地で担任を持つという環境からくる緊張や、それに伴う親御さんの反応がどうかという不安からの緊張もあったのだろうと想像ができる。
だが、それが想像出来たからといって何が違うという訳では無いのだが。
多分、そんなことが想像できようができまいが、僕はこのは先生にきっと好感を持っていたに違いない。


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