偽装結婚ならお断りです!? ~お見合い相手はイジワル社長~

 もうここまで来て、逃げる気力もない。膝に手を置きゆっくり息を吐きながら、何から話すべきかと思案し始める。

 真史さんが運転席に乗り込みバンッとドアを閉めた音に、ビクッと過剰な反応をしてしまう。別に真史さんのことを怖がっているわけではない。ただ今日はいつになく緊張しているみたいで、体中が敏感になっているみたいだ。

 でも時間が経てばその緊張も幾分緩和し始めて、心にも余裕ができ始める。車内に漂う匂いにドライブデートの日のことを思い出し、勝手に顔がほころぶ。真史さんからも香るこのスモーキーな匂いが、私は大好きだ。

「少し走らせるか?」

 真史さんがハンドルに手をかけ、それを左腕に触れやんわりと阻止する。

「いえ、できればしばらくこのままで」

 フラれた相手と、このまま時間を共有することは耐えられない。話が終わったら車を降りて、ひとりで帰るつもりだ。

 スーッと静かに息を吸い込むと、心を決めてゆっくりと口を開く。

「真史さん。今日は本当にありがとうございました。真史さんがいなかったら、今日の模擬営業はどうなっていたか……」

「当たり前のことをしたまでだ。今後気をつけてくれれば、それでいい」

「はい」

 小さく頭を下げると、その頭上にすかさず手が乗せられる。ポンポンと撫でられると、我慢していた涙腺が緩み始めた。そのまま顔が上げられなくなる。



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