夜をこえて朝を想う
月曜日、流石に仕事が始まると電源を入れるだろう。

業務中でも構わない。

話が出来るなら。

コール音が鳴る。

ホッとしたのも束の間。

「はい、○○○の○○でございます。」

出たのは…男。

「ああ、…この携帯。」

「あ、今日から私が持っていまして。…彼女、社内におりますので、かわりましょうか?お名前をお伺いしても宜しいでしょうか。」

「ええ、清水と申します。そう言って頂ければ。」

そう言って暫くすると

「只今、来客中でして、すぐに折り返すとの事です。」

「ああ、分かりました。宜しくお願いします。」

ないだろう。折り返しなど。

唯一の手がかりも消えた。

何て?

…しまった。聞き逃した。

今、この男は会社名を何と言ったか。

近いとはいえ、オフィス街で星の数ほど会社があるこの場所で

特定は難しい。

…その日から、出来うる限り毎日のように

周りを探した。

駅前、会った事のあるコンビニ、カフェ…

全部。

なのに会うことはなかった。

向こうは会いたくないのだろう。

分かっていても、探した。

何かに、取り付かれたかのように。

会いたかった。

もう一度。

運命というものが、存在するのなら

俺の…

俺の相手は、彼女だと…思っていた。

必然だって、偶然がないと

何も始まらない。

…湊…。

その日もそこで、行き交う人を見ていた。

ずっと…

名前を呼ばれた事にも気づかないほどに…

「……長!」

「……部長!」

「……清水部長!」

漸く耳に届いた声に顔を上げた。

「……ああ、君か。」

「もう、何回呼ばせるんですか?どうしたんですか、こんな所で。」

「……えー、ああ、本当だな。」

「功績残しすぎて、銅像作られたのかと思いましたよ。」

そう言って、生意気そうにニッと笑った。

「…ん?ああ。」

「どうしたんですか、一体。あ、湊待ってんですか?」

「…待ってるんだけどね…来ないんだ。」

俺の言葉に訝しげに眉をよせる。

「あれ?あいつ…もう…」

「もう?」

「電話、したらいいじゃないですか。」

「…知らないんだ。」

「何を?」

「彼女の連絡先。」

彼の綺麗な顔が、みるみる強ばった。

「入りましょう。とりあえず。話はそれからだ。」

商談ルームに入ると

「大丈夫でした?湊…あれから。怪我も。」

「ああ、転けたってヤツか?膝擦りむいたくらいで…」

いや、そんな話じゃないな。

「何が、あったんだ?」

彼はため息をつくと

「…やっぱり…聞いてないんですね。何だ、あいつ…。」

「何だよ…。」

「先週、そこで会ったって言いましたよね。」

「……眼鏡の男?」

「その前に、過去の男がストーカーみたいになってて、逃げるのに怪我したんですよ。たまたま俺が居合わせて、大事に至らなかった。…それを知ってる眼鏡が…迎えに来たんです。湊を。」

そっちの、彼は知ってたのか…

俺には…何も…

「清水部長に、話せって言ったんですけど…忙しいし、まぁ、迷惑掛けたくない…と。」

「迷惑?」

思わず、眉間に皺を寄せた。

「あー、俺もそう言ったんですけど…で、何で待ってたんですか?」

「土曜を最後に連絡が取れない。元々、プライベート携帯は壊れたとかで…社用しか知らない。それも、もう違う人が持ってる。家も…もぬけの殻。…何をしたっていうのか…俺が。」

「いや、何をしてるんですか。携帯の下り、嘘に決まってるでしょ。」

「教えてくれない理由が無かったからな。」

「家は…俺も知らないな。…あ…俺もメッセージ返信なかったわ。」

彼も独り言のようにそう言うと

ため息をついた。

「何だよ、あいつ…心配掛けるのわかってて、同じ事するのかよ。っていうか、携帯も知らなくて、よく上手くいってるつもりでしたね、あなたも。」

最もな事を言って

鞄を開けた。

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