夜をこえて朝を想う
「散々、協力して貰ったので…お返しします。…1回だけですよ。後は自分で何とかして下さい。」

「してないよ、俺は、何も。」

元々、お互い想い合ってた。

「…お世話になりましたよ。かなり、ね。」

そう言って、俺に一枚の名刺を差し出す。

「全く、こんな昭和臭いことを…」

名刺…湊…の

「あいつ、今月いっぱい…いや、言ってもほぼ有給消化で、辞めるから、その会社にはほとんど来ないかもだけど。場所、分かるでしょ?それと、連絡先。プライベートの。」

「ああ、十分だ。」

「そんなあなたは、見たくないしね。」

そう言って生意気そうに口角を上げた。

「君も大概だったけど。」

「えー、僕こんなにみっともなかったですかー?」

……。

みっともない…か。

「だいたいね、その顔!」

「は?」

「この上ない、妻帯者顔なんだよ。」

妻帯者顔って何だよ。

しかも、この上ない?

「君の顔も…ああ、まだ軽薄な方がマシか。」

「言いますよね…あ、でも…部長!解決策が。」

「ああ、あるか?」

「実際に妻帯者になれば。」

「はっ、確かにな。」

「だいたいね、あなたみたい優しくて、包容力もあって、仕事も出来て、社会的地位もあって見た目もいい男がフリーだとは、誰も思いません。」

急に褒めてくれる。

「俺の事、狙ってるのか?」

「あ、僕も狙われる(そっち)側なんで。」

…まぁ、いいか。

「聞いてもいいか?」

「はい。」

「俺に、落ち度は?」

「初っぱなでしょうね。」

「出だしか…まぁ、確かに…」

最初から、おかしかった。彼女の態度が。

「あんなホテル、何で予約してると思います?近く(そこ)に自宅ある人が。わざわざ。」

『こっちの人じゃないんですか?』

確かに湊もそう聞いた。俺に。

「しかも、シングルじゃない部屋。」

……

「誰かの為に予約していた。その代わりだと、思ったんでしょうね。」

「…あ…」

「結婚前に遊んだと。繋がるわけだ。」

誰かにすっぽかされた代わりに、抱かれた…と?

「あなたが湊に言ったセリフ、全部既婚者変換してみて下さい。」

……全部。

「結構な…男…だな。」

「あはは!結構な事、言ってんだ。」

「…君よりは、言ってないさ。」

「とりあえず、急いで下さい。その、妙な落ち着きも敗因ですからね。」

「…そのつもりだ。」

「湊、仕事辞めてイタリア行くって…」

「…それは……」

「自分で聞いて下さい。」

「ああ、そうだな。感謝するよ。」

そう言って、名刺を胸にしまった。

湊が…どんなつもりで俺と過ごしていたか。

俺を過去の男と重ねていたのか…

誤解であっても、彼女の心情を考えると

胸が痛む。

どこで、どうしているのか。

今…

湊…。
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