夜をこえて朝を想う
「おー、本当に行くんだ。」

私の“地球の歩き方”を見ながら彼が言った。

「で?何?何してんの。俺まで避けて。」

「だ、だってぇ。」

ブワッと滲む涙に

麗佳さんがハンカチを渡してくれた。

「泣くなよ、こんな所で。」

吉良くんがキョロキョロしてる。

あ、確かにチャラ男が女を泣かしてる風景。

「もう、湊ちゃん、ハンカチくらいって前も言ったでしょ?」

その麗佳さんに吉良くんが、不思議そうな目を向ける。

「え、何?面識あんの?」

「「ない。」」

「ハジメマシテ。」

「コチラコソ。」

「下手くそか、お前ら。てか、まあ、いいわ。何でだよ。…つか、分かってる。だから、逃げるな。」

「他にもいるんだよ、あの人。」

「あー、ちょい、麗佳。あのホテル、清水部長と泊まったよね?」

え?麗佳さん?

…わぁ、こりゃ綺麗な人だわ。

って、泊まったの?

「ええ…。知って…」

「何かあった?」

「無いわよ。」

「うん、接待。って聞いてない?俺も居た。」

居たのか。

「…でも…」

「話せ。逃げずに。で、梓と同じ事すんなよ。心配すんだろ。」

「…ごめん…なさ。」

その時…

「あ、どうも。」

そう言って、空いてる席に

インス…じゃなくて、二宮くんが座る。

わぁ、今日も一層映え…

…え

あの…

「あー、GPSついてんの、湊の…」

「嘘!?ストーカー?」

皆さんじゃなくて、湊になってる。

一文字しか変わらないけど。

「嘘だよ。…もう、それでもいいけど。あー、どうも。そちらの彼はこの前お会いして、あ、彼女ですか?めちゃ、綺麗ですね。」

二宮くんが挨拶を交わす。

「…ああ、はい。どうも。」

吉良くんの、苛立ちが伝わる。

「まあ、俺も関係なくは、ないんでね。同席させて下さい。」

「どうぞ。」

不穏な空気。

「今…俺と付き合ってるんですよ。彼女。」

「はぁ!?」

低い声の吉良くん、めちゃめちゃ怖い。

「ちょっと、二宮くん。」

「本当の事だろ?信じないなら、ここでちゅーでも…」

「ちょ、何言って…」

「何だよ、もう何回もしてるだろ?」

「何回もはしてない!」

…しまった…思わず言ってしまった。

「声、デッカ。」

ああ、ヤバい。ヤバい。ヤバい。

怖くて見れない。

「…湊…」

「だから、そっちの人…諦めてもらえません?」



「……。」

「ああ、そうだ、ここで言っても…本人に言わないとね。」

「二宮くん、いいよ、もう。」

「俺が、よくないんだよ。あー、俺用事あるんで帰ります。」

そう言って二宮くんは立ち上がった。

え…今さっき…座ったとこ…

何しに…

「ねぇ、今度いつだっけ?最後、会社来るの。」

「来週の金曜って…」

「定時で帰るよな?」

「まあ、メイン挨拶くらいだし。」

「じゃあ、17時半には帰れるな。」

「うん…まあ。」

「じゃ、また連絡する。失礼します。あ、泣かせないでね。もう。」

そう、吉良くんを見て言った。

彼が去ると…

静かになった。

まあ、つまり…

いたたまれない空気。

「キス、したの?」

麗佳さんが、あっさり触れる。

「いや、ほら…ボーッとしてたらって言うか」

「舌入ったやつ?」

麗佳さんが容赦なく聞く。

えー、舌とか

「1センチくらい…」

「ギリギリ…セーフね。」

「いや、アウトだろ。俺、絶対嫌だけど。」

「されたって言ったら?私が。」

「…う…上書き…」

吹いた。

何このバカップル。

「ギリギリセーフね。」

「あー、はい。」

「いい人ね、彼。」

「二宮くん?まあ、うん。チャラいけど。」

チャラいの言葉に吉良くんが反応した。

「フォロワーが多そうね。」

吹いた。

「麗佳さんインスタとか?」

「んー…せっかくだから今日のことも…匂わせ…」

「映せよ!ちゃんと!」

「冗談よ。」

吉良くん、めちゃめちゃ翻弄されてるな。

それに、そのことに、胸の痛みは無かった。

「湊、話せよ。ちゃんと。

でないと、俺みたいになるぞ。」

「バカップル?」

「…まあ、うん…まあ。」

いいな。

幸せそう。

良かった。

奥さんはいるわけで…

もう、別に…

「まあ、任せるか。あっちに。」

「湊ちゃん、その髪型、似合ってる。可愛い。」

「麗佳さんも、髪上げてるのいいね。」

「今日もケーキ食べようかな。どう?」

「おー、食べろ食べろ。湊も。痩せたんじゃね?」

「海藻ばっかり食べてるからかなぁ。」

「何だよ、海藻?」

「ごめんね、吉良くん。麗佳さんも。」

心配…してくれてる。

でも…

「綺麗で、性格も良くて、彼氏のいない女性も要るよね。あとちょっとの自信があればいいんだけど。」

そう言う吉良くんに

「…浮気でもするの?」

と、聞いた。

「バッカ!」

「早かったわね。」

「ちょ、麗佳…?」

「冗談よ。湊ちゃんって、綺麗よね。本当。」

「鏡!」

「ふふ、持ってないんでしょ?貸してあげる。」

「あ、どうも。っていらないけど。」

「見たら?綺麗よ、とても。愛されて当然なくらいね。」

そう言って、にっこり笑う麗佳さん。

何だか、またぼやけて来て、せっかくの美男美女が見れなくて

もくもくと、ケーキを食べた。

勿論、半分こして。

「だから、ここで泣くなよ~。三角関係の縺れ感~。」

そう言う彼に

少し、笑った。

前には泣く女。

横には微笑む女。

そして、焦るチャライケメン。

…そんな、構図。

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