夜をこえて朝を想う
彼女は目を見開いて、俺を見たまま

ようやく、口を開いた。

「…平成生まれなの!?」





こいつら…

…脱力して、肘をつき、そこに頭を乗せた。

頭をそのままにため息をついた。

「あのねぇ…」

「冗談よ。まあ、驚いたのは事実。これ、すっごい、個人情報ね。」

そう言った彼女は笑ってはくれなかった。

俺が彼女に手渡した、戸籍謄本と、独身証明書を見ても。

「あなたが、独身なのは知ってます。まだ、独身なこと。」

彼女の表現に

“婚約期間”という言葉を思い出した。

深いため息をついた。

説明するしか…ない。

1つ1つ。信じて貰えるかは、分からないが。

「湊…」

「いいのよ、もう。」

「俺が、よくないんだよ。」

「結婚、するんでしょ?」

「君が、してくれるなら。」

彼女が、俺を睨む。

まるで、蔑むように。

「いないんだよ。恋人も、妻も、愛人も。」

「そんなわけ…」

「うん、分かるよ。俺みたいに、完璧な男に恋人がいないなんて、おかしいだろ?」

「…そ…」

「居ないんだから仕方ないだろ。誰でも良い訳じゃないし…それに…湊だって、そんなに綺麗なのに恋人いないんだろ?」

「いる。」

…いる?

「…少なくとも、俺と出会った時はいなかった。」

「あの男性が『奥さん』って言ってた。『結婚前に遊んだ』って。」

それか、やっぱり。

「接待だよ。」

「麗佳さん?」

「ああ。何だよ知ってるのか。」

「“奥さん”は…」

「湊との交際で結婚を考えてるのかって聞かれたから、考えてるって言ったら、それ以来“奥さん”って呼ぶようになったんだよ。付き合ってると、少なくとも、俺は…そう思ってた。」

1つ1つ説明する。

ちょっと…こんな形で言いたくも無かったが、正直に。

「あのホテル…」

「貰ったんだよ。会社で、接待で取ったのがキャンセルになって。あのカップルにあげるつもりが…吉良くん、走ってっちゃっただろ?」

彼女が小刻みに震え出す。

「出会ってすぐに…」

「うん。」

「好き勝手に抱いたじゃない。」

彼女の目から、涙が溢れ、湛えきれなくなったものが…頬のカーブを滑る。絶え間なく。

引き寄せて、拭う。

だけど、彼女は…俺の胸を…押し返した。

「…ごめん。嫌だった?」

好き勝手…は、少し…。

「夜に会って、するだけだった。」

「それは…1週間に1回とか2週間に1回しか会ってないわけだし…」

「彼氏いる?って確認しなかった。」

ああ、変なタイミングで聞いた。

「家だって、聞かなかった。」



「あっちの部屋閉めたままだし!キッチンも綺麗だもん。」

立ち上がり、その部屋を開けた。

放置し続けた、その部屋を

「汚…っ」

「言っただろ?キッチンは使ってないからな。」

「ベッドも…一人で寝るには広い。」

「俺、狭いの嫌なんだよ。デカいだろ?」

…確かに…あのベッドに上げたのは湊が初めて…ではないが

長く、一人で寝ていた。

帰って寝るだけの生活だ。

「…連絡は俺から…って…私からはしたらダメ…」

彼女の言葉を遮る。

「いや、教えてくれなかったからだろう!君のプライベートの番号を。社用携帯をプライベートで使ったら問題だろ?」

「私に、興味が無かった。」

…確かにそう取られても仕方がない。

「私の事は、何も聞いて来なかった。」

「キスマーク、付けたくせに、自分は嫌がった。」

「…いや、俺…そこそこのポジションなんだよ。会社で。いい年して、そんなん付けて行けるわけないだろ?何言われるか…」

「それに…」

「それに?」

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