夜をこえて朝を想う
「そんな、顔なんだもん!」

…あー、うん。

そうか。

「ごめん。」

謝らないと駄目か、俺。

「彼女だよ、湊。俺の…ただ一人の。」

「私は…付き合ってるつもりは、無かった。それに…私は…今、彼氏がいる。」

「うん…。」

「ほら、どうでもいいんじゃない。」

「他に好きな人がいるのに、付き合う辛さは、湊が一番知ってるだろ?」

「う…だって…」

「うん。ごめんな。勘違いさせて。」

その時、コール音が聞こえた。

…彼女の…プライベートの…

「出て。」

俺がそう言うと、彼女は戸惑いながらも電話に出た。

…誰だか、分かる。

きっと、彼だ。

「はい。」



「…うん。」



「うん。ありがとう。」

彼女が俺に携帯を渡す。

「何だよ。邪魔するな。」

「あー、そんな事言う?」

「今から上書きすんだよ。」

何をしたか、知らないが。

「若い方がいいって言ったら、連絡くれます?」

「男は30からだ。」

「頼みますよ、部長。」

「ああ。幸せにする。必ず。」

湊が目を泳がせている。

つまり…

ようやく、信じてくれているのだろう。

「おいで。」

「な、何もしないって…」

「しないよ。今は。だから、付き合ってほしい。今、恋人いないんだろ?」

「その自信も…」

「あるさ。…だって好きだろ?俺の事。」

「……。」

「湊、好きだよ。本当だ。」

「私は…」

「うん。聞くよ、何でも。」

「また、色んな人を巻き込んで…大騒ぎして…迷惑…掛けて…もう、恥ずかしくて、見せる顔がない」

「迷惑じゃないさ、皆が、支えてくれて今がある。だろ?頼って、甘えたらいいんだ。悪いことじゃない。皆のお陰で、今がある。皆が証人だ。俺たちの。幸せになって、返したらいい。」

べしょべしょの湊の涙を拭う。

嬉しい。泣いてるのにそう思った。

泣いてくれる湊に。

…彼女に

漸く

キスをする。

触れあうだけの。

でも、確かめるには十分な…キスを。

「う…」

彼女が俺の胸に顔を埋める。

「し、清水ぶ、ぶちょぉ~。」

「ほら、名前。」

「孝之さん…」

…こいつ……。

「俊之。」

「あ、ごめん。もう二度呼ばないと思ってたから、適当に覚え…」

「湊…。お前ねぇ。」

「私の苗字知らないくせに。」

「皆川。

…名刺も入手してます。」

「ストーカー…」

「ああ、そうですけど。」

「おじさんに、モテるなぁ。」

「湊~。」

「あはは!」

その迷いのない笑顔。

見たかった、そんな迷いのない笑顔が。

胸の内に熱いものが込み上げる。

「呼んで、名前。」

「た…俊之。」

…今、“た”って言った。

「湊。」

「はい?」

「飯でも、行こうか。何食べたい?」

「帰りたい。家に。」

「何で。」

また、目をキョロキョロさせている。

「何で!」

「…だ、だって…もう…

いっぱいいっぱいで。一旦帰りたい。」

「帰ってどうするんだよ。」

「一人で…ゆっくり温めたい。」

温める?

…この状況…ということか?

分からんな。

分からんなら、聞けば…いい。

「何を温めるんだ。」

「部長が…今まで…私に言ってきた事。」

…既婚変換してたのを

…未婚変換してるのか。

「あはは!馬鹿だなぁ。」

「…だ、だって…」

「一人で温めずに、ほら。」

抱き締めたままの、湊の顔をそっとはさむ。

どえらい、べっしょべしょの。

「逃がさない。もう…。」

ようやく、俺の前で泣いた彼女を

愛しいと思った。心から。

そして、もう…泣かせるつもりはないとも。

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