夜をこえて朝を想う
「湊、温泉でも行かないか?」

あの日、湊が果たす気がなかった約束。

「……。」

「海外とか、アクティブな旅は行くだろ?」

「……。」

「いや、だから…“そういう旅”じゃないだろ!」

彼女の顔から何かを察する。

「…土日でもいいけど。」

「いいの?子供の運動会とか…」

「湊~…」

「冗談だってば。」

湊の仕事が始まる前に…

1日くらい取れるだろう。

「いつにしようか。」

「生理かぶらない辺りで。」

「ああ、じゃあ…排卵日狙うか。」

「……。」

物凄く睨まれて

「冗談だよ。怖いな。」

と、言うしかなかった。

と言っても、もう日にちはなかった。

「あ、次の金曜くらいだな。湊、もう仕事だもんなぁ。生理は?」

「大丈夫。」

「そこ、何とかする。金土と行こう。」

温泉といえば、冬の方が雰囲気は出るのだろうが。

5月の末とあれば、宿も空いてるだろう。

…先に仕事休めるかだな。

休むけど。

「いーよ、無理しなくて。忙しいでしょ。」

まだそんな事を言う。

「取るから。休みも宿も。移動に時間かけたくないから、近場ね。」

「遠くが定番じゃないの?誰にも会わない。」

流石に苛立ちを覚え、その場に押し倒す。

「…まだ言う?」

湊を見下ろしてそう言った。

「…ごめんなさい。」

そう言った湊の目に涙が溜まりだして、そのまま、そっと頬にキスして手を離す。そんなに力は入れてはいない。

けど…怖かった…か。

…逃げるように引っ越しまでして

よっぽどだったのだと、思う。

だが…

こうして、誤解も解けたのだし…

「行きたくないのか?」

「忙しいの知ってるもん。」

「行きたくないのか、聞いてる。」

「…行きたい。」

「ん、予約する。」

「うん…。」

傷は…深いな。

< 129 / 146 >

この作品をシェア

pagetop