夜をこえて朝を想う
翌朝、微かな気配で目覚めた。

ベッドの横で寝ていた彼女は、居なかった。

そっと、目を開けると

もう服を着ている。

…帰るつもりか。

なぜ?

一緒に朝食をと思っていた。

それだけじゃない

まだ、話さないといけないことが…あるだろう?

彼女からも、俺に対しての好意は…伝わった。

ベッドの上に限らず。

これから、それを話して…

これきりにするつもりはなかった。

伸ばされた彼女の手首を掴んだ。少し、強めに。

「酷くない?」

目を見開き、固まる彼女を抱き寄せ、顔を近づけた。口づけの為に。

昨夜は、何度交わしたか分からない程の口づけ。

しかし、今は…唇ではなく、代わりに冷たい指先が俺の口に触れた。

「何?朝のキスは嫌?」

彼女はとびきりの笑顔で

「夢は、朝には覚めるものですよ。」

そう言った。

「湊、俺は…」

彼女の指先がまた、俺の口を…塞いだ。

遊びのつもりは、ない。

そう言おうとした。

彼女が、そう思っていると…思ったから。

「ありがとうございました。素敵な…夢だった。」

彼女は…信じられないほどの綺麗な笑顔でそう言った。

部屋を出ていく彼女の背中を…ただ…見送った。

追いかけてもよかった。

だけど、根拠のない確信のようなものがあった。

会える。

絶対に、また。

これきりにはならない。

湊に遊びだと思われた誤解も、すぐに解ける。

だから、問題ないと。

麗佳の思い出だったこのホテルは

湊の思い出に塗り替えられた。

支度をすると、俺もホテルを後にした。

そうだ、職場も近いんだったな。

初めてだったのだろう。

ここから始まる大人の関係は。

…まぁ、そうか。

焦ったかな。

恥ずかしがる湊を思い出して、顔がゆるむ。

楽しみだな。

週明けが。

そこに不安は…微塵もなかった。

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