夜をこえて朝を想う
どんな浮かれた顔で来るのだろう。

彼の来社をこんなに気楽に、楽しみに出来るのは

彼女の存在も手伝っての事だろう。

意外にも、神妙な面持ちでやってきたその(イケメン)は言った。

「清水部長、何て言っていいか…ありがとうございました。…すいません、この前。」

「あー…何が?もっとニヤけて来るのかと思ったら、そんな顔して。」

「あの状況で、手…出さずにいて下さいましたよね。」

ああ、あの件か。

解けたのか、誤解。

「買い被りすぎ。他の男を好きな女を抱く趣味はないって言っただろ?」

「でも、そうしてくれた。出そうと思えば出せたはずだ。」

「虚しいだけだろ、こっちが。」

「譲ってくれた。」

ため息をついて続けた。

「譲るも何も、元々君のものだよ。彼女の気持ちは。」

「あなたが本気出せば、誰でも落とせたはずだ。でも、しなかった。…感謝してます。背中、押してくれた事も。」

「まぁ、壁ドンはされるよりする方がいいかな。」

「……すいません。」

バツが悪そうに、彼は言った。

「だから、“君が代わりに行く?”って言ったのに、物凄い早さで走って行くんだもんなぁ。あれは、俺には追い付けない。」

からかうようにそう言うと

「え?本気で取ってたんですか?あそこ…。」

「いや、貰ったんだよ。会社からインセンティブ。まあ、ただのスライド品だけどね。せっかくだから、君たちにプレゼントしようと思ったのに。俺はわざわざ金曜に、会社の近くなんて泊まりたくないんでね。」

「……普通にそう言って下さいよ。かかなくていい恥かいちゃったじゃないですか。」

「ま、それ以上にいい夜過ごせただろ?…君の方も…以前の、あの夜は…どこに泊まったかは、突っ込まないでおく。お互い様ということで。」

「……はい。ありがとうございます。」

「いーえ、良かったね。」

「すいません。そういえば、ホテル…一人で泊まったんですか?」

「いや…あー…えっと…」

「何?」

俺の歯切れの悪さに彼が眉を寄せる。

まあ、言っておくべきか。

うん、そうだな。

「…彼女が…付き合ってくれた…んだ。」

「は?彼女…?」

暫く彼が空を見つめ

何かを思い出したように…

「まさか!」

「ああ、うん。」

「うっわー、めちゃめちゃ面食いですね、清水部長。」

彼はそう言った。

「いや、君に言われたくない。」

「僕は顔だけじゃ…」

「俺も、だよ。」

「あー…まぁ、湊も確かに。」

それから、俺をじっと見ると

「大事にして下さいね。」

はっきりとそう言った。

「約束、する。」

そう言うと、彼はニッと生意気に笑い

「なんだよ、あいつ…やるじゃん。」

そう言った。

何となく安堵する。

彼から見ても、俺たちの関係が…良いものであることに。

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