夜をこえて朝を想う
「…湊と会いましたよ。そこで。」

商談ルームに入るなり、彼はそう言った。

「ああ、近いからなぁ。俺もちょこちょこ会うわ。偶然。」

「…うまく、いってるんですよね…?」

彼の微妙なニュアンスに引っかかる。

それに、何となく…

「そのつもりだけど。何?眼鏡のイケメンとでもイチャついてた?」

「それは…知ってんだ。」

当たり…か。

「あー、前に見かけた。」

「余裕ですね。さすが。」

「いや、見たくなかったけどね。」

自虐的に笑うと

彼も力なく笑う。

「どうかと思いますけどね、あれは。」

「俺も、そう思うよ。仕方がないだろ。」

「……。」

「美人の彼女を持つと、日常茶飯事。」

そう言った。

「あー、否めない。

だけど、一度…ちゃんと…話して下さい。」

「ああ。その、つもりだ。」

「暑いですね、今日。」

確かに、五月に入って急に暑くなった。

汗を拭こうと、ハンカチを探す彼に

「貸そうか?」

「いや、湊に返して貰ったやつ…入れっぱなしだったはず。あ、あった。」

そう言って、ビニールに入ったハンカチを取り出した。

「あいつ、泣き虫でしょ?すぐ泣くくせにハンカチ持って来ないんですよねー。かれこれ4枚くらい貸した。あ、あの日ね。これ返して貰うのに…ここの前で…。」

出会った日か

泣き虫?

「見たことないけど。泣いてるの。」

いや…でもこの前…

何かが引っ掛かった。

「えー…ああ、そこでも…」

そこ?

「いや、あなたといて…泣くことなんてないでしょ。」

「笑ってるよ、ずっと。」

「惚気ですか?」

そう言った彼の顔が遠く感じた。

俺が一緒にいる湊は…

一体…。

言いたいことを言って

躊躇することなく笑って

泣き虫な

そんな湊は

知らない。

俺は。

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