夜をこえて朝を想う
あの電話で、恐らく大丈夫だと思うし

逆に二宮くんと二人は気まずい。

会社の昼休み。

会社からも、清水部長の会社からも

どちらからもそれなりに離れた店に入った。

「部長の奥さん、めちゃめちゃ綺麗ですね。」

普段は気にしないのに、“部長”という響きに思わず敏感に耳をそば立ててしまった。

「それ…ああ、まぁ、いいや。そうだな。っていつ見たんだ?」

ドクンと大きく心臓が鳴った。

聞き覚えのある声に、息が…止まるかと思った。

「あの、ホテルから出てくるの、見ちゃったんですよね~。そのまま朝食取ったでしょ?そのカフェに居たんですよ、私。」

ホテル…私は朝食をいっしょに取っていない。

あの日は…やっぱり、代わりだったんだ。奥さんの。

「ああ、君このへんだっけ?家。」

「へぇ、そんな美人なんだ。」

そう言った男性。

「いや、それ違うわ。」

…耳を…疑うような言葉。

「うわ、見てはいけない方でした?」

「馬鹿、ただの接待だよ。」

「そんな風には見えなかった~。」

「はいはい、なんとでも。」

「悪いな~、結婚前に遊んだんだー。」

「なんとでも言え。」

結婚前?てことは…

あの男と一緒だ。

そして…私は

浮気相手ですらないのだろう。

私とあのホテルへ行ったのは、たまたまなのだから。

そのまま店を出た。

ほとんど食べられなかった。

振り向くと、

支払いを済まして、一人で先に出ようとする彼の姿。そのまま彼を待ち伏せした。

どんな、言い訳をするのか興味があった。

私が聞いていたと、分かったら。

「やっ!」

片手を上げて、いつかの真似。

「ああ、どうした?」

「私も、ここで食べてたの。」

「おお、そうか。」

…全く何もないかのような態度。

時計を確認する。

「コーヒー行くか?」

「うん!」

こうなれば、こっちも。

にっこり笑った。

「見られたら、困るね。」

会社の人がそこにいる。

「聞こえた?」

「…うん。」

「参ったな、声デカイんだよ。全く。」

「…だね。」

「…接待、だけど。」

「うん。」

誰が信じるのだろう。

それに…そっち、なんだ。誤解だと言いたいのは。

“奥さん”は、分かってただろ?って事?

ほんの少しの期待も…

裏切られる。

言い訳すら、してもらえない。

そんな関係。

にっこり笑う、もう一度。

これが唯一の私の…鎧だから。

「どうしたんだ?それ。」

私の足を見てそう言った。

良かった、吉良くん黙っててくれてる。

「転けた。」

「え…大丈夫なのか?」

「もー、オフィス街で派手に転けたの。そっとしといて。」

「なんだよ、綺麗な足なのに。」

「はは、セクハラです、部長!」

「…お前ねー。…心配、してる。」

「はい、ありがとう。」

「嫁入り前ですからね。」

「キズモノです。」

とっくにね。あなたとの…関係で。

思わず低くなった声に

「…湊?」

慌てて誤魔化した。

「生クリーム乗ったやつ!センスでお願い致します!」

彼は笑って、私の頭にポンと手を置くとレジへ向かった。

帰ってくるまでに、治めないと。

じわじわと迫りくる

この…

目に溜まるものを。

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