いつかの話
「ねえ」
式の前日、彼女は唐突に電話を寄越した。
いつもメッセージで済ませる無精気味な彼女には、 ひどく珍しいことだ。
..…いつもなら電話なんて面倒くさがって、よほど何か大事なことがあるときにしか使わないくせに。
「何かあったのか? 大丈夫か」
だから、俺の第一声はそれだった。
「明日のブーケトス、なんだけど」
「ん」
「私きっと、あなたに向かって放るから、そうしたらちゃんと受け取ってね」
「いや、なんで!?」
ブーケトスなら女性に向かって投げろよ。俺に向かって投げてどうするんだよ、アホか。
ブーケトスで花束を受け取った人が、次の花嫁になれる——まあつまり、あれは大抵の場合、女性向けの風習だ。
いろいろな結婚式が広まってきたにせよ、いまだに根強く女性向けのイメージが残っている。
ブーケトスに憧れてそうな若い女の子だって親戚にいるだろうし、参加者に独身の女性でブーケが欲しい人もいるかもしれないし、何もわざわざ俺に向かって投げなくてもいいだろ。
もし万が一俺が本当に受け取ってみろ。満場一致で微妙な空気になるに決まってるんだ。
「絶対嫌だからな!」
「えー、今は嫌がる女の子も多いんだよー。でもブーケトスはしたいから、押しつけようと思ったのにー」
スマホの向こうで、彼女が不満そうに唇を尖らせたらしかった。
あいつはいつもそうだ。拗ねるときは唇を尖らせる。
——押し殺した溜め息を、ひとつ。
式の前日、彼女は唐突に電話を寄越した。
いつもメッセージで済ませる無精気味な彼女には、 ひどく珍しいことだ。
..…いつもなら電話なんて面倒くさがって、よほど何か大事なことがあるときにしか使わないくせに。
「何かあったのか? 大丈夫か」
だから、俺の第一声はそれだった。
「明日のブーケトス、なんだけど」
「ん」
「私きっと、あなたに向かって放るから、そうしたらちゃんと受け取ってね」
「いや、なんで!?」
ブーケトスなら女性に向かって投げろよ。俺に向かって投げてどうするんだよ、アホか。
ブーケトスで花束を受け取った人が、次の花嫁になれる——まあつまり、あれは大抵の場合、女性向けの風習だ。
いろいろな結婚式が広まってきたにせよ、いまだに根強く女性向けのイメージが残っている。
ブーケトスに憧れてそうな若い女の子だって親戚にいるだろうし、参加者に独身の女性でブーケが欲しい人もいるかもしれないし、何もわざわざ俺に向かって投げなくてもいいだろ。
もし万が一俺が本当に受け取ってみろ。満場一致で微妙な空気になるに決まってるんだ。
「絶対嫌だからな!」
「えー、今は嫌がる女の子も多いんだよー。でもブーケトスはしたいから、押しつけようと思ったのにー」
スマホの向こうで、彼女が不満そうに唇を尖らせたらしかった。
あいつはいつもそうだ。拗ねるときは唇を尖らせる。
——押し殺した溜め息を、ひとつ。
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