ユウジン
4.
その頃、湖山はバスに乗っていた。車窓に流れる寺社の山門を見てあぁあの辺りかと今更のように思う。ポケットに入れたスマートホンが小さく震えて湖山は急いでそれを取り出した。発信元を確認してなんとなく肩を落とす。
予定通りJR線の駅入り口の停留所で降りると湖山はスマートホンを取り出した。
「ユウジン?」と電話の相手が答える。
「うん。なに、電話くれた?」
「した。だから電話くれたんだろ?今夜空いてる?飲みに行かないか?」
「あぁ、今日はごめん、ちょっと…」
「なんだそっか残念。ーーーじゃ、また誘うことにするよ、そうだ、あれだ、撮影が来週だったよな。そんときスタジオ行くよ。良かったらその後どう?」
「あぁ、うん、そうだね。そうしよう。」
「OK!じゃ、そのときに!」
「うん、ありがと。そのときに」
ユウジンというのは学生時代の渾名だ。と言ったって、そう呼んでいたのはたった1人だからそれを渾名と言っていいのかどうかわからない。優仁書いてマサヒトというのが湖山の名前だが、他の誰もが「コヤマ」と上の名前で呼ぶ中で保坂という男だけが出会った時から湖山をそう呼んだ。
「おいお前、コヤマユウジンだろ。俺ら同じ塾だったよな、武蔵中山の塾、行ってたろ?」
「マサヒトだよ、ユウジンじゃない。」
「あぁ、そうなの?でも俺、ずっとそう呼んでたから。な、ユウジン、いいだろ?」
(ずっと…?)
人懐っこい笑顔を浮かべて気持ちの良い強引さでそう言って肩に手をかけた。その重さを思い出す。
(変わらねえよな、ほんと)
湖山はJR線の改札を通り抜けホームへの階段をかけあがった。階段を登り切ってUターンするように階段脇へ振り向くと、階段に向かって来た男性とぶつかりそうになった。お互いに会釈して行き過ぎた後湖山はもう一度振り向いてその背中をなんとなく見やる。とてもよく知っている男に背格好が似ていた。肩の稜線。それだからシャツの描く皺やシルエットまでも似るのだろうか。後ろから見たときの襟のよれ方まで似ているような気がした。
今日四週間ぶりに帰ってくる男に。
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