元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!【番外編】
ふたりきりでのんびりバーデンで過ごすのもいい。なんだったら足を伸ばしノイジードル湖あたりに観光にいくのもありだ。……いや、思いきってヨハニスベルグへでも連れていってやろうか。
ツグミと初めて夫婦として過ごす夏の休暇に馳せていた期待は、シェーンブルンから届く手紙と共に徐々に削られていった。
初めは少し遅れるので先にバーデンへ行っていて欲しいという内容だったそれは、一週間後に「ライヒシュタット公がシェーンブルンに帰ってきてから夏季休暇に入る」という内容に変わった。
そして焦れながら待つこと二週間。メッテルニヒが新婚旅行に馳せていた想いは、「今年は夏季休暇を取らないことにしました」という三通目の手紙で完全に打ち砕かれた。
バーデンの広い別荘でひとりきり、彼は深い溜息をつく。
そして丁寧に綴られたツグミからの手紙を見返して、自嘲気味に口角を上げた。
「……本当に……面白い女だよ、きみは。ますます目が離せない」
異国から――いや、自分と同じく異世界からきた女。
彼女はたった三日でトリップした自分の運命を受け入れ、新しい人生の歩み方を決めた。
そして『秘書として有能なボスに仕えたい』という思いは一瞬たりとも揺らぐことなく、自分のことなど省みずにその意志を貫いている。
なんて面白い生き方をする女なのだろうと思った。
異世界に放り出されたというのに、他人に委ねるのではなく自分の意思で何者かになろうとしているその姿は、メッテルニヒの中でとっくに潰えたと思っていた様々な感情を呼び起こした。