元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!【番外編】
けれど。
そこまでして手に入れたというのに。
夫婦になってから三ヶ月。ベッドを共にするどころか、ツグミはウィーンのメッテルニヒ邸にも帰って来なければ、バーデンの別荘にもやって来ない。
「三百年以上生きてきて、キスもさせない妻は初めてだな……」
嘆くようにポツリと呟いて、メッテルニヒは部屋のソファに深く腰掛けた。
決して嫌われてはいない、むしろ敬愛だけでなく異性としても好かれているのではないかとツグミに対し感じていたのはただのうぬぼれだったのだろうかと、ゾッとする予感がよぎる。
そんなはずはないと首を横に振り、メッテルニヒは妻への想いに振り回されている自分の滑稽さに、呆れた笑みを浮かべた。
「私を焦らすとは、本当に面白い女だ。これだから彼女から目が離せない」
クツクツと喉の奥で笑い、メッテルニヒは再び窓の外に目を向ける。
清々しいまでの青空は段々と高くなり、秋の気配を感じさせ始めている。
もうすぐ夏季休暇が終わりウィーンに戻ったとき。今度こそ彼女はレン通りのメッテルニヒ邸に帰ってきてくれるだろうか。
新しい夫婦の寝室は用意した。ふたりのための朝食部屋もだ。友人たちに改めてツグミを妻と紹介するためのパーティーも、いつでも開けるようにしてある。
この努力が早く報われることを、メッテルニヒは密かに願う。
――けれども。このときの彼はまだ知らない。
愛する妻のために用意したとっておきの夫婦の寝室が、あとまだ数年間は使われないことを。
【Ende】