元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!【番外編】
「ゲンツさんはイタリアのワインはいけますか? トスカーナの美味しいのがあるんです。よかったら――」
ゲンツのことをよく知っているプロケシュ大使は、お茶ではなくさっそくワインでもてなそうとする。この美食家で美酒家の友人にお茶などだすのは野暮だと分かっている。
けれどゲンツは眉尻を下げて力なく笑うと、「茶でいいよ」とソファに深く腰を沈めた。
「そうですか」と返事しながら、プロケシュ大使は胸に不安なものを覚える。
四年前に秘書官を辞めてから、ゲンツは明らかに覇気をなくしていた。政治にもあまり関心がないようだし、カジノやレストランにもほとんど行っていないようだ。
以前のようなエネルギーの感じられない彼は、なんだか儚ささえ感じる。ふと消えてしまいそうで、胸が騒いだ。
コーヒーを運んできた侍従が部屋を出るのを待って、プロケシュ大使は向かいの席に腰を下ろし口を開いた。
「ボローニャまで来てくださって嬉しいです。最近ウィーンの様子はどうですか?」
以前よりは鎮静化してきたとはいえ、まだまだイタリアの情勢は不安だ。おいそれとオーストリアに帰ることもできない。新聞などでオーストリアの情報は得ているけれど実際に首都の雰囲気はどうなのか、プロケシュ大使は気になって尋ねてみた。
けれどゲンツはコーヒーをひと口飲んでから、「さあなあ」と他人事のように答える。
「ウィーンもしばらく行ってねえからな。まあ大砲の音は聞こえてこねえから平和なんじゃねえのか」
その答えを聞いて、プロケシュは言葉を詰まらせてしまった。
秘書官を退任してから彼がウィーンを離れ、郊外にある別宅で年若い女性に語学を教えながら静かに暮らしているという噂はどうやら本当らしい。