ヴァンパイア†KISS
エイダと呼ばれた黒猫は一つ伸びをすると、ウルフガングに頬ずりするように体を寄せる。

「そうか…会えたか」

ウルフガングがもとは貴族の豪奢な屋敷だったこの場所に毎日のように通い詰めるようになったのは、この屋敷が焼け出された1ヶ月前からだった。

この屋敷の一人娘、豪華な暮らしをしていた血色のいいルイーダという金髪の美少女。

その娘を、ウルフガングの兄、ユーゴが見初めた。

首に刻印を刻み、魔力のような甘いキスで娘を快感のるつぼに誘い、娘は廃人に成り果てた。

その娘の血を毎晩のようにワインに混ぜては少しずつ楽しみ、致死量の手前までくるとヴァンパイアにすることもなく屋敷を焼き払った。

(兄もヴァンパイアの存在が人間に知れることを恐れていた。だが、兄の快感の代償が……この、エイダ…だ)

ウルフガングは主も親も亡くしたこの子猫を慈しむように撫でる。

そして同じようにヴァンパイアによって親を亡くし、過酷な人生を強いられているあの少女。

エマを想うとなぜか、胸が熱くなった。

毎日のようにエマがここへ猫の様子を見にやってくるのを影から観察しては、エマの誰の苦しみをも洗い流すような笑顔に心惹かれた。

年端もいかないたった10歳の子供に……。

人間とは、美しいものかもしれない。

そんなことをふと想う。

ただ、彼女に、けして触れてはいけない。

ヴァンパイアに出会った人間がどんな結末を迎えるか……ウルフガングは痛いほどわかっていた。

(これは……私だけの胸に……)


ウルフガングは瓦礫の下にエイダをそっと入れると、月と並走するように夜の闇に消えていった。




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