桜の花が散る頃に
大きな門。
こんなの漫画やアニメでしか見たことがない。

インターフォンにも、見渡した限り3つの監視カメラが付いている。


『藍泉でございます。どちら様でしょうか?』

インターフォンから聞こえてきた声は、低めの落ち着いた女の人の声だった。

夏実のお母さんか?

少し安心して、俺が代表で喋る。


「夏実の学校の友達の、塩谷です。夏実さんに合わせていただけないでしょうか?」


そう言うと、インターフォンの向こうの声色が変わった。


『な、夏実様は今、外出…しておられます。』


あからさまな“嘘”と、夏実“様”という呼び方。
どっちから突っ込めば、と考えていると、隣にいた学が勝手に食い下がる。


「いや、今入っていくところを見たんですけど」


“嘘”から斬りかかるタイプか、俺と真逆。
明らかに動揺した様子のインターフォンの主。その遠くの方から、聞き馴染みのある声が聞こえた。

『ヨウコさん、誰かお客様?』

いつもよりテンションとトーンは低いが、間違いなく夏実だ。

忘れかけていた罪悪感を思い出し無口になるこちら側と同じように、インターフォンの向こうもいきなり静かになり、そしてブツリと切れた。

え、対応拒否?

俺 学 結城が真っ青になっていると、庭の奥に見える玄関から、夏実が飛び出してくる。

どうやらインターフォンのカメラで俺達の姿を見たらしい。


「もしかして、つけてきたの…?」

いつもの明るい夏実はいない。
笑顔も無い、ただ俺達に対する疑念か、背後を気にしているのか、全く目を合わせてくれない。

何を話したらいいか分からなくなった俺達を見越してか、ここまで乗り気でなかった虎丸がようやく口を開いた。


「後をつけたりしてすまない。俺達が一方的に悪い。ただ、夏実が隠してる事が何か、教えて欲しかっただけなんだ。」

虎丸は嫌々ついてきただけで、完全に巻き添えなのに、俺達、と全員をひっくるめて謝罪した。

虎丸に続いて、全員が「ごめんなさい。」と頭を下げる。

いつもの夏実なら、そんなこと気にしないで!って笑いそうなものを、今日はそうはいかない。

夏実は、驚いたような寂しいような何かを怖がっているかのような、とにかく何も感じ取れないほど複雑な表情をしていた。


「…帰って。」


夏実の口から出たのは、その一言だけだった。

怒っているようには見えないけど、そりゃそんな返しをされても文句の1つも言えないだろう。

また全員で謝って、大人しく帰ろうと背を向けたその時、玄関の方から女の人の大きな声が響く。


「ち、なつ!千夏、ダメでしょ、外に出たら!今日も学校と病院で疲れたでしょう、もうベッドに入って寝ましょう?ね、千夏?」


俺達は、その言葉の異様な内容に釣られて、つい後ろを振り返った。

“千夏”と呼んだその人は、夏実とそっくりの色の髪をした、40代くらいの女の人だった。

その女の人が、俺達に気付いて声をかける。


「あら、あなた達は誰?千夏のお友達?千夏とは違う高校の生徒さんのようだけど…」


違和感のある言葉に口を出そうとすると、夏実が大声で、それを制止した。


「違うよ、母さん!!…この人達は、“僕”の友達じゃないんだ。僕は身体が弱いから、学校が終わったらすぐに帰ってきなさいって言ったのは母さんだろ?ほら、もう家の中に戻ろう、母さん。ヨウコさん!母さんを支えてあげて貰えるかな。この人達と少し話をしたら、僕もすぐ戻るから。」

「は、はい!畏まりました、“千夏様”。」


トーンの低い声。
僕、という一人称。
身体が弱い、という言葉。
いつもと違う口調。

聞きたいことが山程ある。

山程ありすぎて、困惑している。


呆然とする俺達に、夏実は言った。


「私、別に皆に秘密にしてたつもりは無かったの。とりあえず、今は無理。来週の秋人の補習授業の時、どうしても聞きたいって言うなら話す…。私はあんまり話したくないけどね!あ、今度からは直接聞いてよ、後つけたりは無し。今度やったら絶縁だから!じゃ!」


さっきまでとはまるで違い、いつもの様子に戻った夏実。
俺にはそれがわざとらしく、無理矢理で、不自然に見えた。

だけど、その日その場で夏実に何かを聞く勇気は無くて、俺達は流れるように虎丸の家に行った。
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