桜の花が散る頃に
「助けが必要?」

それだけで良かった。
最初から、それだけで良いのだ。

夏実が俺達にどうしてほしいか、放っておいて欲しいのか、話を聞いて欲しいのか、状況を変えて欲しいのか、

ただそれだけの話。


夏実は俺の質問に、うーん、と少し考えて答えを出した。


「YESかNOで答えろと言うなら、NO。だってあなた達がどうこうして状況が変わるなら、私がとっくに変えてる。話しても何も変わらない。そうじゃない?」


それはいつもの明るい夏実のようで、全く違う夏実のようでもあった。
何かを諦めて、悟ったかのような顔つき。

改めて俺は言った。


「何も変わらなくても、夏実の心理的に少しでも変わるなら、聞きたい。だって俺達みんな、夏実のことが好きで仕方ないんだぜ。」


俺の言葉に、他の三人もウンウンと頷いた。
夏実は少し嬉しそうで少し寂しそうな、こわばった顔で、スゥ…と息を吸い込む。


「私は、私と千夏が5歳を迎えた日、弟の千夏を事故に遭わせて、田舎の施設に預けられた。要介護生活たった弟が死んで、両親は、もう一人の子供である私をこっちに呼び戻した。実際に戻ると、母親は千夏にそっくりな私を千夏と思い込むと同時に、“夏実”というもう一人の子供を産んだことすら忘れてしまった。…ただそれだけのことなの。」


たった、3文の短い言葉を繋いで出来たその説明は、俺達を長く黙らせるには充分だった。

事故に“遭わせた”。

それは、まるで自分が殺したと言っているようだ。


長い沈黙の後、結城が一番に声を発する。


「え、じゃ、あ、夏実は、千夏君…のフリをすることで、罪滅ぼしをしてる…ってこと?」


罪滅ぼし、と言う言葉は余りにも単純で、かつ、一番しっくりくる言葉だ。
その言葉に、夏実は眉をひそめながら何も言わずに笑った。


聞きたいことは山程ある。

なんで事故に遭ったの?
なんで施設に?
なんで今頃になって両親は夏実を呼び戻したの?
もしかして千夏さんの代わりとして?


夏実は今までどれだけ辛い思いをしてきた??


でも、それを聞く勇気も、それの正しい聞き方も、聞けるだけの信頼関係も、

俺は持ち合わせていない。


そしてそれは俺だけじゃなく。



学は言葉を失い、
結城はただ呆然とし、
俺は自分の不甲斐無さを呪い、
虎丸は興味無さげにスマホを見ていた。

俺達は全員夏実に導かれて仲良くなったのに、誰も夏実の事を、知らない。救えない。


夏実は、俺達が自分を責めないようにと、一人笑っていた。

「みんなといる時は、私は“夏実”でいられる。それでいいんだ!ね、だから今まで通りよろしくね、みんな!」


胸が苦しい俺達を置き去りにして、夏実だけは、寂しそうに笑っていたんだ。


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