クールな弁護士の一途な熱情
「でもいきなり実家戻ったりして、家の人心配しなかった?」
「あはは……心配どころか、お母さんは『いい歳して働かないで結婚相手もいないなんて!』って毎日怒ってる」
都内にマンションを借りたまま、今は最低限の荷物だけを持って実家に身を寄せている。
というのも、上原さんと度々一緒に過ごしていたあの部屋に居続けるのもいやだったから。
そんな私に、両親ともになにかがあったと察しているのか深く事情は聞かないけれど、お母さんは毎日グチグチと不満が止まらない。
『いとこの香織ちゃんは結婚して、近所の高木さんのところは3人目が生まれたっていうのに……なんでうちの娘は!』
今朝もそんなことを言われたのを思い出して、気が滅入る。
げんなりとすると、グラスの中の氷が溶けてカランと音を立てた。
「いっそ結婚目指して新しい恋でもするしかないんじゃない?せっかくだしみんなに声かけて同窓会とかやろっか?」
「えー……いいよ」
映美には申し訳ないけれど、新たに恋をする気力すらない。
「そんなこと言わないでさ。あ、伊勢崎とか久しぶりに会いたくない?」
けれど、不意に映美がこぼした『伊勢崎』の名前に耳がピクリと反応する。
その名前とともに思い浮かぶ笑顔に、きゅっと下唇を噛んだ。
「……いい。こんな時こそ顔見たくない」
「えー?初恋の人なのにー?」
「だからこそ!老けてたりハゲてたりしたらショックだし!これ以上傷つきたくない!」
頭を抱えて嘆いた私に、映美は「それもそうか」とけらけらと笑った。
それから様々な話に花を咲かせ、ランチを終えカフェを出る頃には、時刻は15時をすぎていた。
「ごめんね、今日これから旦那の実家寄らなきゃいけなくて。じゃあね、果穂。また連絡する」
「うん。じゃあね」
店先でそう笑って手を振ると、映美も応えるように左手を振った。
その薬指に輝く指輪が、うらやましくて胸が痛い。
……まだ時間も早いし、ちょっと散歩でもして帰ろうかな。
そう思い、ヒールを履いた足をみなとみらいの方へと向けた。