クールな弁護士の一途な熱情



12年前、どうして私と静が別れたのか。

それは、無意識のうちに記憶に蓋をしてしまっていたこと。



不器用だったけど、好きだった。

静のことが大切で、一緒にいると楽しくて、心から笑えた。

それなのに、彼と別れた理由は。



『所詮、入江さんの存在ってそんなものですよ』



そう言ってこちらを睨む、あの子の姿。



「果穂?」



その声にはっと我にかえると、目の前では森くんが不思議そうな顔で手をヒラヒラとさせている。



「ご、ごめん。ぼんやりしちゃった」

「大丈夫か?暑さにやられたか?」



そうかも、と笑ってごまかす。

話題を変えようと辺りを見回すと、いつの間にか店内が先ほどより混んできたことに気づいた。

その視線に、森くんも店内の状況に気づいたようだ。



「じゃあ俺そろそろ仕事戻るけど、ごゆっくり」

「うん、ありがとう」

「またいつでも、なんでも話しに来いよ」



森くんはそう言って小さく笑うと、私の頭をポンポンと撫でてカウンターの奥へ入って行った。



いい人だなぁ、森くん。

そういえば高校時代も、部活のこととか勉強のこととか、なにかとよく話を聞いてくれたっけ。

無愛想だけど面倒見のいいタイプなんだよね。



一番仲がよかったのは静だけど、静の周りにはすぐ人が集まっていたから。ふたりでゆっくり話す時間ってあんまり持てなかったんだ。



そんなあの頃のことを思い出しながら、お皿とグラスを空にして、会計を済ませるとわたしはお店をあとにした。



外に出ると空はすでに暗く、街には街灯のあかりがともる。

それを見ながら、先ほどの森くんとの会話を思い出した。



あの頃、静と別れた理由……か。

すっかり忘れてしまっていた。というか、思い出さないようにしていたのかもしれない。



初めて人から向けられた強い敵意。

静との間に感じた大きな壁。

思い出すと、胸がきゅっと苦しくなる。



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