紳士に心を奪われて
それゆえに黙るしかなかった。
そんな加瀬を見て、果歩は声を殺して笑う。


「どうせ笑うならしっかり笑ってくださいよ」
「未熟者のひよっこを?しっかりと?」


果歩はまた鼻で笑う。


「私に笑ってほしければ、もっと面白いことしてみることね」


現場に戻ろうとした果歩は足を止める。
振り返って加瀬の顔をじっと見つめる。


「……なんですか」
「ねえ加瀬君……女装して見ない?」


果歩の提案に、加瀬は固まった。
数秒遅れで反応が返される。


「はあ!?」
「うるさい。真夜中。時間考えて」


果歩は叫んだ加瀬の口を手で塞ぐ。


「犯人の狙いは女性。時間帯は真夜中で、人目につかない曲がり角。それがわかってるのに、どれだけ時間が経っても犯人は捕まらない。てなると、現行犯しかない。加瀬。囮になって」


加瀬は返事に迷う。
犯人を捕まえたい気持ちもあるが、女装することに抵抗があった。


そんな加瀬を見て、果歩はため息をついた。


「あんたそれでも刑事?」


その言葉は加瀬に覚悟を決めさせるには十分だった。


「……わかりました。俺がそうするからには、絶対に捕まえてみせます」


加瀬はやけに意気込むが、その横で果歩は変わらず声を殺して笑っていた。
< 4 / 10 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop