紳士に心を奪われて



あれから一週間、加瀬は毎日女装して帰宅していた。
狙われるようにしむけるためと、自分の女装姿を知り合いに見られないようにするために人通りの少ない曲がり角を通っていた。


「これで本当に捕まえられるのかよ……」


自分でやると言ったとはいえ、提案してきた果歩に対して小声で文句を言いながら、角を曲がった。
その瞬間、壁のようなものにぶつかった。


「おっと、失礼。お怪我はございませんか、お嬢さん」


全身に鳥肌が立った。
相手の使う単語にではなく、人に出会ってしまったからだ。


加瀬は顔を上げられなかった。


「お嬢さん?」


物腰柔らかな感じに、ますます俯くしかない。
加瀬は頭を下げ、そのまま相手の声も聞かずに逃げた。


「なんで人がいるんだよ……」


自宅に着き、中に入って玄関のドアに体重をかけながら、重力に従って床に座った。
そのとき、果歩の言葉を思い出した。


『あんたそれでも刑事?』


覚悟を決めたはずなのに、逃げてしまった。
きっとまた、同じようなことを言われるのだろう。


そう思うと、明日が憂鬱になってきた。





翌朝、加瀬は病室にいた。
上司の地崎から、果歩が病院に運ばれたと連絡があったからだ。
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