幽霊?に恋をしました



私はここ最近毎晩夢を見る。

何故かボヤけたように顔だけが見えない、髪の長い白い着物を着た男の人が、私をじっと見つめている夢。

顔が見えないのに、何故か見つめられているのが分かる。白い着物を着ているから、おそらくその人は幽霊なのだろう。だけど不思議と怖くはない。

何かを訴えたくて私にとり憑いているのかもしれない。だけどその人は私を見つめるだけで何も言わない。

その人に何度か話しかけてみようとしたけれど、いつも私の口は動かない。

あの人は一体誰なのだろう──。



ピピピピッピピピピッ

「ん……。ふわぁ〜あ」

朝七時。

いつものように目覚めた私は、手を伸ばして目覚ましを止める。

「またあの夢見ちゃった……。一体何なんだろ?」

毎晩見る不思議な夢について考えながらも足を洗面所へと動かし、顔を洗う。

(うーん、お祓いとか行った方が良いのかなぁ。でも怖くはないんだよなぁ。もうしばらく様子見しよっかな)

そう結論づけた私は、会社に行くための準備を始めるのだった。


「田辺さーん、今日帰り俺と飲みに行きません? なんてったって今日は花金! 明日休みなんだしさー、たまにはいいじゃん?」

「あ、相沢さん……。いえ、今日は用事があるので……」

「用事ってどんな用事? すぐ済むなら居酒屋で待ってるよ〜」

「いえ、遅くなりそうなので……」

(あーもう、相沢さんてば、女となると見境ないんだから!)

「ちぇ〜、振られちゃった。あ、鈴木さーん、今日飲みに行こうよ〜」

相沢さんは私を誘うのを諦めたのか、同僚の鈴木さんの所へ行く。鈴木さんが一瞬嫌そうな顔をするのを確認し、内心で

(ごめん、鈴木さん!)

と謝るのだった。


会社からの帰り道。

バス停までの道を歩いていると、前方に白い影が見えた。

(ん? なんだろ、あれ……)

その白い影は徐々に暗くなる道の中でもまるで発光するように浮かび上がる。
遠目からは白い影としか分からなかったものが、近づくにつれてはっきりとしてくる。

(! 白い着物を着た人!? もしかして──)

その影が白い着物を着た髪の長い人の後ろ姿だと分かった瞬間、私は走り出していた。

(あの人だ!)

すると走り出した私に気付いたかのようにその人物が走り出す。

「まっ、待って──」

二十メートル程走っただろうか、白い着物の人物が角を左折した瞬間。

キキィー! ガンッガシャン!

突然背後から車の急ブレーキ音と、何かに激突したような音がする。

驚いて後ろを振り返ると、一台のトラックが私が数秒前まで居た歩道に突っ込み電柱にぶつかって止まっていた。

その光景を見た私はあまりの衝撃に頭が一瞬真っ白になったが、すぐに我を取り戻し119番に電話をかけた。


帰宅後。


「び、ビックリした……」

白い着物の人物を走って追いかけていなければ、確実に私は事故に巻き込まれていただろう。毎晩夢に出てきたあの人は、今回私を助けるために現れたのだろうか。ひょっとすると夢に出てきたのだって、事故の事を警告するためだったのかもしれない。

「今夜は夢に出てくるかな……。出てきたら、助けてくれてありがとうって言わなきゃ……」

いつものように口が開かなくとも、意地でも話そうと決意するのだった。


その晩夢を見た。
またあの人だ。
お礼を言わなきゃ。
口を動かして──

「あ……あ、りが……とう……」

言えた!
するとその言葉を聞いたその人の顔がはっきり見えるようになって。

「良い」

と一言だけ言った。


「んっ……。あ〜、よく寝たぁ……。っていうか……」

(あんなにイケメンなの、反則だよ〜!)

私は夢で見たあの人の顔を思い出す。
目は切れ長、鼻が高くて唇は薄めだけど形が良くて……長髪なのにそれがまた似合う!
しかも声まで良かった。
今までの人生で出会った事のない美形だった。

私は思い出してはベッドで足をバタつかせて悶える。

(はぁ……。もっとあの人の事が知りたい……)




事故を目撃してから数日後。

私は夢で会話した以来あの人の夢を見ないことに悩みながらも普通に仕事していた。
すると同僚の鈴木さんが声を潜めて話しかけてきた。

「田辺さん、今日ランチ『カフェ・カリド』に行かない?」

「うん、良いよ。じゃあお昼にね」

「うん」

こうして鈴木さんと約束した私は、お昼に何が起きるか知らずに呑気に仕事していた。


お昼。


「いらっしゃいませー、二名様ですか?」

「はい」

「こちらのお席にどうぞー」

鈴木さんと一緒に席に案内された私は、本日のオススメランチを注文してお手洗いへと席を立つ。

用を足してついでに化粧のチェックをしようと鏡の前に立った時、後ろに誰かがいる事に気付いた。
最初は別のお客さんだろうと思ってスルーしてたけど、いつまで経っても後ろから動く気配がない。

「? ……あの?」

そう声を掛けながら後ろを振り返ると。

「! きゃ──」

「待て」

あまりの驚きに叫ぼうとすると、後ろにいた人物──あの白い着物の男性が言葉を被せてきた。

「なっ、ななななっ、なんでいらっしゃるんですか!? ま、まさかまた危険な事が──?」

「いや……危険といえば危険だが……。相沢という男が帰りに待ち伏せしている。気をつけろ」

「えっ、相沢さんが? というか貴方は一体誰なんですか?」

「俺は……。とにかく、気をつけろ」

そう言うと男性は一瞬にしてかき消えた。

「な、なんなのよ……」

頭が混乱しながらも私は席に戻り、上の空になりながらお昼を食べた。


帰り道。

いつもの道を歩いていると、後ろから肩を叩かれた。

「たーなーべーさん! ご飯でも行かない?」

「! 相沢さん……」

(ど、どうしよう、本当に待ち伏せされてたみたい。折角忠告受けたのに、断り文句考えてなかったよー!)

「ここから近い所に美味い店があるんだ。そこで良い?」

「い、いえ、私は……」

「助けが必要か?」

「え?」

声がした方向へ顔を向けると、あの人が立っていた。

「どうしたの、田辺さん? 何もない所見つめちゃって。なんかあんの?」

「え? ……見えないんですか?」

「え? な、何言ってるの。怖い事言わないでよ」

(この人は私にしか見えてないんだ! まぁ幽霊だもんね、そりゃそうか。それにしても助けって──?)

「もう一度聞く、助けが必要か?」

私は慌てて頷く。

「良い。少し待て」

「ねぇ田辺さん、そんなことより早く──」

ピリリリリリッピリリリリリッ

「あ、ごめん、電話だ……。はい、もしもし相沢です──」

「こやつは今から会社に戻ることになる。今度からは忠告を聞き入れてちゃんと注意するように」

「え? あ、待ってください! ……消えちゃった……」

「──はい、承知しました、今から戻ります! はい、失礼します。……ごめーん田辺さん、部長から呼び出しくらっちゃったー。また今度ご飯行こうね! じゃあね〜」

「あ、はい……」

(電話、部長からだったんだ。幽霊がどうにかできるとは思わないけど……あの人が何かしたのかな? なんにしても助かった。けれど、本当にあの人何者なの?)

私は今度あの人に会ったら絶対に問い詰めてやる、と心に決めて家路につくのだった。

それからは不思議な事に運がいい事が続いた。バス停に着くと同時に空いてるバスが来たり、コンビニのクジでいい商品が当たったり、外に出た時だけ雨がやんだり……。
相沢さんは仕事が忙しいらしく、あれから特に会話もしていない。

(あとはあの人に会えれば最高、なんだけどなぁ……)

私は暇さえあればあの人の事を考えていた。
彼は一体何者なのか。何故私を助けてくれるのか。
彼以外の幽霊は今の所見ていないし、あの人だけが特別なような気がする。

そんな日々が続いたある日の休日。

私は部屋でくつろいでいた。
ベッドに寄りかかり、部屋着のままコーヒーを飲んでいた時。

「おい」

「……っ! ゲホッゲホッ!」

突然の声にむせながらベッドの上を見ると、あの人が正座していた。

「あ、あなたは!」

「明日は折りたたみ傘を持って出かけろ。良いな」

「あ、分かりました……。じゃなくて! 貴方は一体何者なんですか!?」

「俺は……。言う必要はない」

「駄目です、答えてください! 私、貴方の事が頭から離れなくて、気になって気になって仕方ないのですよ? 仕事に支障をきたしたらどうするんですか!?」

「……そんなに俺が気になるのか」

「はい!」

「……。仕方ない。俺はお前の守護霊の友人だ」

「え? 守護霊? ……の友人? 守護霊様じゃなくて?」

「ああ。何故か俺はお前と波長が合いやすいらしく、お前の守護霊にお前を助けてくれと頼まれた」

「波長が……? だから私には貴方だけが見えてるんですか?」

「そうだ。これで分かっただろう。もう良いか」

「あっ、待ってください! 貴方のお名前は?」

「俺の名前は……桜蘭(おうらん)だ」

「桜蘭さん……。いつも助けてくださって、ありがとうございます」

「いや……霊界の者が下界の者を助けるのは当然の事だ。ではな」

「はい!」

こうしてあの人──桜蘭さんの事を知る事が出来たのだった。

その後もなにかと私の前に現れては忠告やら助言やらをしてくれる桜蘭さん。
私はいつしか──もしくは初めて会話した時から──桜蘭さんに惹かれていった。
無表情のくせに優しい所とか、ぶっきらぼうなようで世話焼きな所とか、ギャップ萌えにやられてしまった。

そして桜蘭さんと出会って一年が経った頃。
私は決意した。
桜蘭さんに告白する事を。

最初は悩んだ。相手は霊体だからもし結ばれても子供は出来ないし、私はいつか老いて皺くちゃのお婆ちゃんになっちゃうし、桜蘭さんは相手にしてくれないんじゃないかって。だけど、何もしないまま終わるのは嫌だった。

そしてその日は来た。

「おい、明日は階段を踏み外すから、手すりを掴んで下りろ」

「はい、分かりました。ありがとうございます。……桜蘭さん」

「なんだ?」

「あの……。す、好きです! 付き合ってください!」

「…………」

(だ、駄目……かな……?)

「……お前は俺で良いのか」

「え!? お、桜蘭さんが良い……です……」

「……。分かった。良いだろう」

「え! そ、それって付き合うって事ですか!? 良いんですか? 私いずれ桜蘭さんより歳食っちゃうんですよ!?」

「それは見かけだけの話だろう。俺の方がずっと歳上だ」

「いやいや、見かけだけって、見かけが大事なんじゃないですか! 私が皺くちゃになっても良いんですか!?」

「問題ない。中身がお前ならな」

「えっ。えぇぇ……。お、桜蘭さん、ちなみに私の事好きですか?」

「ああ」

「ど、どの辺が……?」

「一緒にいると落ち着く」

「そ、そうですか……。じゃあ……よろしくお願い、します……」

「ああ」

こうして晴れて私達は恋仲になった。


それから数十年後。

私は病院で息を引き取ろうとしていた。

「苦しいか」

(くるしい……けど……あなたがいるから……だいじょうぶ……)

「もうすぐ楽になる。お前が息をしなくなったらすぐに霊界に連れて行ってやる。そうしたら籍を入れよう」

(ふふ……おうらんさんらしい……ぷろぽーず……)

私はどんどんと意識が薄れていくのを感じた。正直死ぬのは怖い。ちゃんと成仏できるかも分からないし。でも──。

(あなたにさわれるのを……たのしみにしています……)

「良い。沢山触れ」

そうして私は微笑みながら息を引き取った。



「桜蘭さん、早く早く! 桜が満開ですよー!」

「そんなに急がずとも桜は逃げないぞ」

「だってこんなに綺麗なんですもの! 一分一秒でも長く見たいです! それに、桜蘭さんの名前の花でしょ? 私、桜が大好きです!」

「そうか。これからは毎年見れる。次に来る時には子供もいるかもしれないな」

「えっ! こ、子供!? お、桜蘭さんったら〜!」

「ははは!」

私は『今』を生きている。身体は霊体だけど、毎日愛しい人と一緒に居て、『今』が最高に楽しいと実感する。
桜蘭さんに出会えて良かった。心からそう思う。私は、今日も生きている。



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