夢見社
「私が見えるか?」

 彼は少し間を置いた後で「はい」と簡素に答えた。

「私は桂木という者だ。君は今自分がどこにいるか分かっているのか?」
 彼の姿が少し揺れた。動揺しているのか、戸惑っているのか。

「わかりません。あなたの姿は見える、気がする。でも顔までは見えません。どうしてだろう。目が悪くなったのかもしれない」

 姿がぼやけているわりに声は問題なく聞こえる。せめて話ができることがありがたかった。
 彼は自分の所在すら分かっていないようだった。これで確信犯の線は消えたことになるのかもしれない。この言葉が演技でなければ。

「君は今、夢の中にいる。正確に言えば我が社が使っている電波の中だ。普通、こんなことができるのは高度な専門知識を持った人間だけなのだが、君は違うのか?」

 先程よりも大きく彼の影が揺れた。もしかしたら彼の感情は影の揺れと関係しているのかもしれないと思った。暗闇の中で不気味な人影がゆらゆらと佇んでいる。

「夢? ……わからない。僕はどうしてこんなところに居るんだろう? 何も思い出せない。自分の姿もよく見えないんだ。立っている感覚もない」
「それはここが夢だからだ。君の本当の体は別にあって、たぶん横になっているだろうと思う。君は意図してここに来たわけじゃないんだね?」

 ザザ、と大きなノイズの音が聞こえた。そろそろ時間切れか。桂木はもう一度問いかけた。

「自分の名前はわかるか? 君をここから出してあげられるかもしれない」
 今度は人の形を留めないほどに大きく影が揺れた。風に吹かれて消える煙のようだった。ノイズが大きくなる。
「僕は……」

 そこまで聞いたところで、桂木の意識はほとんど無理やり現実に押し戻された。それはあまり良い気分のものではなかった。意識が一回転したような気持ちの悪さだ。ヘッドセットに手をかけて外し、のろのろと起き上がる。桂木の手からヘッドセットを受け取った職員の一人が声をかける。

「どうでしたか?」
「ああ、ぼやけていたが姿を確認できたよ。少し話もできた。ところで今の夢のデータは取れたか? 見せてくれ、調整すれば完全な接触ができそうだ」

 ベッドから抜け出て部屋の壁一面を占めている巨大な機械へと近付く。今見た夢の情報を念入りに調べてから周波数の調整を細かく指示する。それから桂木は再びヘッドセットを装着して夢の世界へと入って行った。
 夢の中で目を開けると、そこにはすでに青年が立っていた。先程見た人影と背格好が良く似ている。違うのは、今回は彼の顔、表情までもがくっきりと確認できるという点だ。周波数の調整が上手くいったらしい。
 先程の会話で彼に敵意がある可能性は低いと判断した桂木は、努めてやわらかく彼に話しかけた。意図して敵ではないとしても、我々に害をなす可能性がないとは限らない。彼の目的やここに居る理由も定かではないのだ。用心するに越したことはない。
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