夢見社
次の日、支局から1㎞も離れていない病院に桂木の姿はあった。とある一室に迷いなく入っていく。戸を引くとそこには母親であろう見舞い人と、ベッドに横たわった青年が居た。青年の口元には呼吸器があてがわれ、瞼は固く閉じられている。こん睡状態が一週間以上続いているというのだ。
桂木は母親に会釈し、ベッドに近付く。間近で見るその青年の顔は間違いなく夢で会った彼だった。安堵なのか同情なのか、桂木は溜息を吐いた。それから部屋を見回す。一日と途切れていなさそうな鮮やかな花がいくつも飾られ、部屋には控えめな音量でクラシック音楽が流れていた。彼の意識を刺激して目覚めさせようという試みなのだろう。
だが彼はこの音楽を好まないことを桂木は知っている。桂木はベッドの近くに用意された椅子に腰を下ろした。そして彼の母親に向かって、事のいきさつを淡々と話し始めた。我が社の電波が侵される異常が発生したこと、それが発する夢には一人の青年が登場すること、その青年はおそらくここで眠っている彼である可能性が高いことなどを、丁寧に、細かく。母親は終始厳しい表情をしていた。夢見の事業について知ってはいるものの、使ったことも使おうと思ったこともないと彼女は話した。それ故に原理も何も分からないと。どうしてここで眠っているだけの息子にそんなことが可能なのかと。
「息子さんの体に残っている電気のせいだと思われます」
桂木は母親の目をまっすぐに見つめて話し続ける。
「電気って……、雷に打たれたときのものでしょうか?」
「ええ、おそらく。その、人間にしては異常な電力の強さが、この病院に引いてある夢見線との接触を可能にしたのでしょう。調べてみたらこの病院の夢見使用者の九割が彼の姿を夢の中で見ています。こうして個室に入院していたからその彼が同じ病院にいるなんて誰も気が付かなかったようですが」
桂木はそのまま言葉を続ける。
「もちろんすべて予測の話です。物証としての証拠は何もない。しかし計算上はありえることなのです。どうか我々を信じ、彼の目を覚ます手助けをさせていただけないでしょうか?」
母親は手に持っていたハンカチを口元に当てた。きっとまだ状況が呑み込めていないのだろう。無理もない。桂木はゆっくりと立ち上がった。
「本当はすぐにでも始めたいのですが、お母様の了承が得られないのではしかたありません。明日また来ます」
律儀なお辞儀をして病室を出ようとしたとき、背中に声が掛けられた。
「待ってください」
桂木は振り向く。母親は立ち上がって桂木を見ていた。
「お話は分かりました。息子を、よろしくお願い致します」
そういって彼女は深々と頭を下げた。桂木は重々しく頷いた。
「それでは早速ですが、息子さんの使っているパソコンを持ってきていただけませんか?」
「パソコン、ですか?」
母親は不思議そうな表情をする。
「ええ、そのパソコンに入っている彼の好きな音楽を鳴らすんです。大音量で。そうしたらきっと目覚めます」
桂木は母親に会釈し、ベッドに近付く。間近で見るその青年の顔は間違いなく夢で会った彼だった。安堵なのか同情なのか、桂木は溜息を吐いた。それから部屋を見回す。一日と途切れていなさそうな鮮やかな花がいくつも飾られ、部屋には控えめな音量でクラシック音楽が流れていた。彼の意識を刺激して目覚めさせようという試みなのだろう。
だが彼はこの音楽を好まないことを桂木は知っている。桂木はベッドの近くに用意された椅子に腰を下ろした。そして彼の母親に向かって、事のいきさつを淡々と話し始めた。我が社の電波が侵される異常が発生したこと、それが発する夢には一人の青年が登場すること、その青年はおそらくここで眠っている彼である可能性が高いことなどを、丁寧に、細かく。母親は終始厳しい表情をしていた。夢見の事業について知ってはいるものの、使ったことも使おうと思ったこともないと彼女は話した。それ故に原理も何も分からないと。どうしてここで眠っているだけの息子にそんなことが可能なのかと。
「息子さんの体に残っている電気のせいだと思われます」
桂木は母親の目をまっすぐに見つめて話し続ける。
「電気って……、雷に打たれたときのものでしょうか?」
「ええ、おそらく。その、人間にしては異常な電力の強さが、この病院に引いてある夢見線との接触を可能にしたのでしょう。調べてみたらこの病院の夢見使用者の九割が彼の姿を夢の中で見ています。こうして個室に入院していたからその彼が同じ病院にいるなんて誰も気が付かなかったようですが」
桂木はそのまま言葉を続ける。
「もちろんすべて予測の話です。物証としての証拠は何もない。しかし計算上はありえることなのです。どうか我々を信じ、彼の目を覚ます手助けをさせていただけないでしょうか?」
母親は手に持っていたハンカチを口元に当てた。きっとまだ状況が呑み込めていないのだろう。無理もない。桂木はゆっくりと立ち上がった。
「本当はすぐにでも始めたいのですが、お母様の了承が得られないのではしかたありません。明日また来ます」
律儀なお辞儀をして病室を出ようとしたとき、背中に声が掛けられた。
「待ってください」
桂木は振り向く。母親は立ち上がって桂木を見ていた。
「お話は分かりました。息子を、よろしくお願い致します」
そういって彼女は深々と頭を下げた。桂木は重々しく頷いた。
「それでは早速ですが、息子さんの使っているパソコンを持ってきていただけませんか?」
「パソコン、ですか?」
母親は不思議そうな表情をする。
「ええ、そのパソコンに入っている彼の好きな音楽を鳴らすんです。大音量で。そうしたらきっと目覚めます」