夢見社
「音楽ならずっとかけていますが……」
「彼はあまりクラシックが好きではないようなんです」
「どうしてそんなことがわかるのですか? 息子と実際に会ったことはないのでしょう」
「ええ、実際に会った事はありません。ですが間違いないのです。なぜならこれは本人が言っていたことなのですから」
まだ半分は疑っているような様子で、母親は不安気な表情ながらもパソコンを準備することを承諾した。明日同じ時間に来ることを約束し、桂木は病室を後にした。
翌日約束どおりに桂木は病室を訪れた。事前に担当医師の了承は得ている。桂木は早速青年の頭にヘッドフォンを装着して、彼のパソコンに繋いだ。デスクトップの左上に音楽ファイルの入ったフォルダがあった。クリックしてフォルダを開き、再生を選択する。音量の出力を最大に設定した。ヘッドフォンから大きな音が漏れている。ヘビーメタルの重低音がよく聞こえる。桂木たちは待ち続けた。彼が目を覚ますのを。母親は彼の手を握り今にも泣きそうな声で名を呼んでいた。しかし彼は目覚めなかった。
それから桂木はとりつかれたように仕事に打ち込んだ。あれから何度挑戦してみても、彼と夢の中で会うことはできなかった。その代わり、苦情の電話も来ない。客からの苦情が来なくなれば桂木の仕事は成功であり、終わりのはずだった。しかし桂木の気は少しも晴れなかった。彼の目が覚めたわけではないのだから。
桂木の試みは失敗した。それは明らかだ。だが何度か続けることができれば彼の好きな音楽は意識に届いて目覚めるのではないかと桂木は期待していた。しかし彼の母親はそれを許さなかった。一度失敗したのだからこの方法にやる意味などないと言って桂木たちを締め出してしまったのだ。元々信頼してはいなかったのだろう。しかも微かにでも繋がれていた夢での接触もできなくなってしまったのだから言ってしまえば状況は悪化したのだ。彼女が桂木たちを拒絶するのも無理はなかった。
桂木は仕事に打ち込みながら、青年への接触を毎日欠かさず試みていた。今日みたいな雨の強い日は特に念入りに。雷がもしもまた落ちたら、彼の容態に何かしらの変化が起きるかもしれないと考えたのだ。
「支局長」
空き時間、例の青年の夢のデータを細かく分析している途中に部下が声を掛けた。
「支局長にお電話です」
電話が掛かってくる用事なんてあっただろうかと頭の中で思い返しながら受話器を取る。
「お電話代わりました、桂木です」
しばらく無音が続いた。不審に思い声を掛ける。
「もしもし?」
やがて囁くような声が聞こえてきた。
「桂木さん?」
若い男の声だ。聞き覚えのない。
「ええ、そうです。失礼ですがどちら様でしょうか?」
「よかった、合っていた。実際に聞く方が良い声ですね」
そう言われて、桂木はふとこれに似た声をどこかで聞いたことがあるようなきがした。そう遠くない日だ。あれは、夢の中だ。
ひとつの答えに達して、桂木は恐る恐る電話の向こうの相手に話しかけた。
「君なのか……?」
「ありがとう、桂木さん。あれは良い選曲だったよ」
電話越しの彼の声は、夢で聞くよりもずっと爽やかでいい声だった。
了
「彼はあまりクラシックが好きではないようなんです」
「どうしてそんなことがわかるのですか? 息子と実際に会ったことはないのでしょう」
「ええ、実際に会った事はありません。ですが間違いないのです。なぜならこれは本人が言っていたことなのですから」
まだ半分は疑っているような様子で、母親は不安気な表情ながらもパソコンを準備することを承諾した。明日同じ時間に来ることを約束し、桂木は病室を後にした。
翌日約束どおりに桂木は病室を訪れた。事前に担当医師の了承は得ている。桂木は早速青年の頭にヘッドフォンを装着して、彼のパソコンに繋いだ。デスクトップの左上に音楽ファイルの入ったフォルダがあった。クリックしてフォルダを開き、再生を選択する。音量の出力を最大に設定した。ヘッドフォンから大きな音が漏れている。ヘビーメタルの重低音がよく聞こえる。桂木たちは待ち続けた。彼が目を覚ますのを。母親は彼の手を握り今にも泣きそうな声で名を呼んでいた。しかし彼は目覚めなかった。
それから桂木はとりつかれたように仕事に打ち込んだ。あれから何度挑戦してみても、彼と夢の中で会うことはできなかった。その代わり、苦情の電話も来ない。客からの苦情が来なくなれば桂木の仕事は成功であり、終わりのはずだった。しかし桂木の気は少しも晴れなかった。彼の目が覚めたわけではないのだから。
桂木の試みは失敗した。それは明らかだ。だが何度か続けることができれば彼の好きな音楽は意識に届いて目覚めるのではないかと桂木は期待していた。しかし彼の母親はそれを許さなかった。一度失敗したのだからこの方法にやる意味などないと言って桂木たちを締め出してしまったのだ。元々信頼してはいなかったのだろう。しかも微かにでも繋がれていた夢での接触もできなくなってしまったのだから言ってしまえば状況は悪化したのだ。彼女が桂木たちを拒絶するのも無理はなかった。
桂木は仕事に打ち込みながら、青年への接触を毎日欠かさず試みていた。今日みたいな雨の強い日は特に念入りに。雷がもしもまた落ちたら、彼の容態に何かしらの変化が起きるかもしれないと考えたのだ。
「支局長」
空き時間、例の青年の夢のデータを細かく分析している途中に部下が声を掛けた。
「支局長にお電話です」
電話が掛かってくる用事なんてあっただろうかと頭の中で思い返しながら受話器を取る。
「お電話代わりました、桂木です」
しばらく無音が続いた。不審に思い声を掛ける。
「もしもし?」
やがて囁くような声が聞こえてきた。
「桂木さん?」
若い男の声だ。聞き覚えのない。
「ええ、そうです。失礼ですがどちら様でしょうか?」
「よかった、合っていた。実際に聞く方が良い声ですね」
そう言われて、桂木はふとこれに似た声をどこかで聞いたことがあるようなきがした。そう遠くない日だ。あれは、夢の中だ。
ひとつの答えに達して、桂木は恐る恐る電話の向こうの相手に話しかけた。
「君なのか……?」
「ありがとう、桂木さん。あれは良い選曲だったよ」
電話越しの彼の声は、夢で聞くよりもずっと爽やかでいい声だった。
了