紫陽花のブーケ

「お話する前に、ひとつだけ確かめさせてください」

小会議室に入ると、部屋の最奥にあるホワイトボードの前で、仁王立ちした近藤夕香里がこちらを睨み付けていた

何を、と問う間もなく畳み掛けられる

「課長が結婚したいのは誰ですか?」

質問と言うより叩きつけられるような言い方に、一瞬気圧されたが

これは聞いているようで、その実、間違った答えは許さない類いのやつだ

何故そのような質問をされなければならないのかと思わないでもない

だが彼女のことを美季は親友と言っていた
なら正直に答えた方がよいだろう

「寺内さんだ」

一切の躊躇なく
それ以外、ありえないのだから


「……即答ですか」

夕香里は目を見張り、フウっと息を吐いて力を抜いた

「じゃあ、あの娘が一人で暴走したってことなのかな……」

「それで?話を聴かせてくれないか?」

独り言を呟きながら、自分の考えに沈み込みそうな彼女を止めるべく先を促すと、呆れた声でグサリと刺された

「逃げられたからって急かさないでくださいよ」

「っ!逃げられた訳じゃ……」

ないとは言い切れなくて、声を詰まらせてしまった
すると夕香里はハッとして、次にマジマジとこちらを凝視してくる

「課長、まさかと思いますが、ご自分が今、どんな状況に陥っているか、気づいてないんですか?」

「それは美季に関係あることなのか?」

肝心の美季の話を聞きたくて憮然と返したら、更に目を丸くして聞き捨てならないことを言った

「じゃあの子が会社から圧力をかけられていたことも、ご存知でない?」

「会社が?いったい何をしたんだ?!」

「バカですか?!」

「なっ!」

―――真剣に聞いているのにバカ呼ばわりされるとは!

驚きに固まる私に構わず、夕香里は深いため息をつく

だが、直後に苦い表情を浮かべて呟やかれた近藤の言葉に、自分の不甲斐無さを思い知らされた

「…美季はあなたに何も言わなかったんですね」


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