紫陽花のブーケ

「どうすれば彼女に会える?」

近藤が片眉をわずかに上げる

「私は何をすればいいんだ?」

噛み締めた歯の隙間から押し出すように聞けば、近藤はニヤリと黒い笑みを浮かべ、一通の封書を差し出した

吹っ掛けられる面倒事を予想して、眉間に皺が寄るのはいたしかたないだろう

受け取った封書には、ついさっき知った不正融資の諸々と、彼の令嬢と結婚するまでのあちら側の計画が詳細に記されていた

ーーー何故、ここまで詳しく調べられたのかは、聞いてはいけないだろうな

眉間の皺がさらに深くなった私を見て、近藤からさらに”伝言”が告げられる

「課長には、裏取引の証拠を固めるまで、今しばらくこのまま、何も知らないふりで時間を稼いでほしいそうです」

「では絵利華嬢のことは?」

「適当にあしらってくださって結構ですが、完全拒否はしない方がいいですね」

「…私に役者は不向きだぞ?」

「課長の出張中に溜まった仕事を片付けるまでには終わりますよ
社長も巻き込まれそうなので、こっちとしても早くに片を付けたいんです
…あと1,2週間で済むはずですから」

「……」

決定的なことは濁しながら、自分に不利な言質も取られるなということか―――

仕事なら如何様にも取繕えるが、女性相手の私情の絡むやり取りは正直苦手だ

面倒なことこの上なく、ため息を吐いて肩を落とす私に、思いもかけない一言が降ってきた

「しっかりしてください…父親になるんですから」


時が止まったーーと思った

晴天の霹靂とはこういうことを指すのだろう



数秒息を詰めていたせいで、我に返った途端に急に入り込んだ酸素に盛大に咽せ、それを見た近藤が爆笑していた

だが、それすら気にならない

両手で頭を掻きむしり身を屈め、腹の奥から絞り出すように漏れ出た声は震えていた

「…っくそ!なんてこった!」

湧き上がる喜びと、自分の不甲斐無さへの怒りと、美季に申し訳ない気持ちが代わるがわる体中を駆け巡り、自分でも泣きたいのか笑いたいのかよくわからない

――私は大馬鹿野郎だ!!

これはもう何が何でもやり切らなくては!
いや、やり切ってみせる!!

身の底から突き上げる様に体中に力が漲ってくる


美季―――
全部平らげて迎えに行くから

君とその身に宿る命を
生涯かけて見守る役を

どうか

私から取り上げないでくれ―――


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