紫陽花のブーケ
私は目の前の惨状に、呆然とするしかなかった
ーー嘘だ、これは悪い夢だ
侮蔑の色を浮かべる六角銀行の頭取も、その前に膝まづく両親も画面の向こうでやり取りされる虚構のようにしか感じられない
私の頭の中には、ついさっき正嗣さんから浴びせられた言葉だけが今も繰り返し響いているから
「あなたとの未来は私には考えられない」
ーー嘘、でしょう?
ついさっきまで和やかに進んでいたお見合いの席
味も見た目も至高の芸術作品のような懐石をいただきながら、おもむろに父が話し出したこれからの会社の話
あまり聞いていたい話でもなく、聞いても分からないけど、これも男性にとっては大切なことと割り切って流していた
と言っても話すのは父と、正嗣さんの上司というおじ様で、正嗣さんは穏やかに微笑んだまま
食後のお茶が出される段になって、やっと話は私たちのこれからのことに移り、式はいつにするかなど、具体的な話をし始めた途端、彼は異を唱えた
『どこからそのような話になったか分かりませんが、お宅のお嬢さんと結婚する気は毛頭ない』
自分は将来を誓っている大切な女性がいて、既に婚約している、と……
「?その方とは、ご縁が無かったとお別れされたと伺っていますけど……」
「秋元君、彼女は君のためにと身を引いたんだ。もう終わったことだろう?」
……そうですわよね
どのような方かは知りませんが、正嗣さんにとって、私以上に相応しい女性などいませんもの
お相手の方もそう理解したからこそ、別れを選んだと聞いたはず
人間、分相応というものがありますもの
「今さら蒸し返して何を寝ぼけたことを。絵理華嬢と彼女じゃ比べるまでもないじゃないか」
勝浦のおじ様はお二人の上司ですから、その方のことも、お二人の関係もよくご存じのはず
そして上司の目から見ても、私の方が彼のためになると選ばれたのでしょう
ーーもしかして正嗣さんは、自分だけが幸せになることに引け目を感じてしまったのかしら?
でもね、それはほんとの優しさではありませんわ
分不相応な関係はいずれ破綻し、互いを不幸にしてしまいますもの
「わはははは。こんな美人に思われて、何が不満だというんだ、全く!叶うなら私が変わりたいくらいだ」
それは嫌、と思いながら彼の肩をやや引き攣った笑みで叩きながら話すおじ様に、私は曖昧に笑って見せる
そうして彼の失言を流したのに、彼はその黒い双眸を真っ直ぐに見据え、あの言葉を私に放った