紫陽花のブーケ
そして、まるでその言葉を合図のように、正嗣さんの会社の専務と秘書、そして六角銀行の頭取と子飼いの部下たちがお見合い会場へとなだれ込んできた
それから専務から告げられたお父様たちの不正の数々
目の前で繰り広げられる断罪
矢継ぎ早に上げられる証拠に反論の余地など無く、最初こそ威勢よく無罪を主張していた両親も彼の上司も、すぐに顔を蒼白にして萎れていった
ーーーでもそんなことは、どうでもいいの
私は縋るように彼を見つめ続けていた
彼はどう思っただろう…
不正を犯し、力を失くした私の伝手≪オヤ≫は彼にとって利がないどころか、負担でしかなくなる
近づいてきた専務に肩を叩かれ、何事かねぎらいの言葉をかけられた彼は、大きくため息をついてそのまま辞去しようと立ち上がる
ーーーダメ、今彼を行かせたら!
「正嗣さん、待って!」
私の声に、彼は足を止めた、止めてくれた!
この機を逃したら、二度はない
内心を全く窺わせない無表情の彼に、私は思いの丈を、私の全てをかけて告げた
「私はお父様たちが何をしているのか、全く知りませんでした
ただただあなたに再会できたことが嬉しくて、今度こそ結ばれる未来を信じてこの場に来たのです
昔のことは謝ります、何度だってあなたの気が済むまで
でも信じてください、昔も今も、私が真に愛しているのは、正嗣さんだけなんです!
お願い!今度こそ私を信じて、私を選んで!!」
一瞬だけ痛ましいものを見るような目をした後、正嗣さんは温度の感じない声で私に言った
「絵利華さん、過去は過去です。もう取り返しがつかない
零れた水は逆再生するように元へと戻ることはない、ひとの気持ちも同じことだ
私の心もあの頃に戻ることは無い、あなたを愛することは絶対にありません」
静かに響く彼の声に、その強い意志を込めた眼差しに、私は何も言えなくなった
心は嫌だ、嘘だと叫ぶけど、一方で無駄だと何故か説得している自分がいる
正嗣さんは私を一瞥すると、踵を返す
出口へ向かう足取りに一切の迷いも未練もなく、私はただそれを見送ることしかできなかった
”過去は過去”
今朝自身で語った同じ言葉を、同じ日に全く違う気持ちで聞くはめになった
彼の背中を遮るように重い扉が閉まる
私の目の前に、絶望という幕が下りたーーー