紫陽花のブーケ
あの夜、一晩中泣き続けた私は、朝の陽の光を眼にした直後、意識を失くしたらしい
ふと気が付くとベッドにもたれかかるようにして寝ていたため、頭を乗せた右腕が痺れてしばらく動かせず、そろそろと起きあがらざるをえなかった
痺れが取れるのを待ってから、冷えた体に慌ててお風呂を準備し、急いで白湯も飲んだ
湯船で体をほぐし一息つくと、私はこれからのことを真剣に考えた
まずは妊娠したことを誰にも気づかれず退社し、誰も知らない土地にて引っ越すこと
そして無事にこの子を産んで育てること
自分の身ひとつなら外国へ高跳びしちゃうのもありだけど、安定期でないし何より初産だし、何があるか解らない
長距離移動は避けたいし、見知らぬ土地はやっぱり不安だし、かと言って実家には頼れない
居場所も、この子のことも秋元さんに知られるわけにいかないもの
うんうん悩んでいた時に、高校の夏休みで遊びに行った鎌倉の別荘を思い出した
迷ったけど他にいい案も浮かばなくて、思い切って夕香里に相談すると、すっ飛んで来てくれた
もちろん洗いざらい吐かされたし、怒りまくった彼女を宥めるのは大変だったけど
夕香里は油断できない時期だからと、管理人のご夫婦にくれぐれも無理をさせないよう、お願いもしてくれて
自分でも不安だったのは確かなので、ここはありがたく厚意に甘えることにし、それから周囲に気づかれないよう、失踪する準備に明け暮れた(夕香里には逐一報告させられたのはしかたない)
今まで通り仕事をしながら荷造りして、本部長に直談判してひと月分の有給消化を勝ち取ったり、引継ぎ資料をこっそり作ったりして過ごした
両親には一応、会社を辞めたこと、しばらく旅に出るけど心配しないよう手紙を出した
それら全て、課長が帰国する1週間前に終え、アパートを出た
――ひとめ会ってしまえば、決心が鈍ってしまうのが怖かったから