闇の果ては光となりて
弁護士と郁人さんと、瑠奈さんと私と霧生で、久し振りになる自宅を訪れた。
郁人さんがチャイムを鳴らすと、義父は何食わない顔でドアから顔を覗かせた。
「どちら様ですか?」
「貴様に引導を渡しに来た者だ」
低く威圧感のある声でそう言うと義父を見下ろした。
突然自分に訪れた異変に、男は顔色を無くすも、気丈にこう言った。
「だ、誰だか知らないが帰ってくれ。警察を呼ぶぞ」
「ええ、呼んで貰って構いませんよ。私、こういう者です」
郁人さんの隣に居た弁護士さんが義父に向かって名刺を差し出した。
「···っ、弁護士さんがなんの様ですか」
「望月神楽さんに対しての虐待についてお話があります」
「な、なんの事でしょうか?」
しらを切る義父に怒りで手が震えた。

「大丈夫だ、俺が守る」
手を繋いだ霧生が私の耳元に顔を寄せ囁く。
「うん」
そうだ、今は1人じゃない。
「しらを切ると言うのなら、出る所に出ましょうよ。証拠を握っているのは私達だもの」
瑠奈さんのハッタリに義父は顔色を無くし黙り込んだ。
証拠なんて、本当は何も無いのにね。
「話し合いの為に家に入れて貰えるだろうな」
「ど、どうぞ」
郁人さんの凄みに招き入れるしか無かった義父が、とても小さな男に見えた。
あんなに怖かった男は、もう見る影もない。
リビングに通されたが、買い物に出てるらしく母親の姿は無かった。

「こちらに署名捺印をお願いします」
弁護士が義父の真横に立ち、テーブルに並べたのは二通の書類。
一通は離婚届、もう一通は私への接近禁止命令への承諾書。
「なっ···こ、こんな物書けるか」
義父は離婚届を突っぱねた。
「あまり話を長引かせるのは、貴方にとって得策じゃないと思いますよ。調べられて困る事があるんじゃないですかね」
「まぁ、争うというのなら法廷闘争もこっち辞さねぇ」
椅子に腰を下ろした義父を見下ろした郁人さんは、迫力満点だ。
「クッ···書けばいいんだな」
「こちらをどうぞ」
苦虫を噛み締めた顔で義父は、弁護士の差し出したペンを受け取った。
郁人さんの迫力と弁護士の理論に太刀打ちできなかったらしい義父は、あまりにもあっさりと離婚届と私への接近禁止命令の承諾書に判子を押した。
家に入ってから、15分ぐらいの出来事だ。
あまりにも簡単な幕引きに、少し気が抜けた。
この男からもう恐怖は感じない。

「では、書類はこちらで提出しておきます」
弁護士は書類を鞄にしまうと男に向かって黒い笑みを向けた。
「美琴の荷物を纏めさせて貰うから、貴方は別の部屋で待機していて貰えるかしら」
お願いしている筈なのに、男に拒否権はない。
「···っ勝手にしろ」
男は乱暴に立ち上がりリビングを出て行く。
ドアの側に居た私とすれ違いざまに、こちらを見ようとした男は私を隠す様に立ちはだかった霧生から、とんでも無い殺気を向けられ、すごすごと出て行った。
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