闇の果ては光となりて
文句の一つも言ってやろうと、意気込んでたはずなのにあの男を見た途端に何もいう気は起きなかった。
こんな奴、どうでもいいとさえ、思ったのだから不思議だ。
あいつと会うことは、もう無いだろう。
弁護士が調べた奴の悪事が、警察にリークされるのは時間の問題だ。
私は、内容は知らされていないけれど、沢山余罪があると郁人さんが言ってた。
全てが明るみに出た時、あの男にきっと逃げ場はない。
その時に、後悔すればいい、今まで自分が犯した罪の全てを。



「では、私は奴を見張っておきます。その間に荷物を纏めてください」
弁護士はそう言うと、別室に向かった男を追い掛けた。

「じゃあ、私達は手早く纏めましょうね」
瑠奈さんは愛らしく微笑む。
「引越し業者の手配は済ませてあるから、細かな物だけを纏めておけばいいぞ」
郁人さんに抜かりはないらしい。
私達は、あの人が帰ってきたら強制的に男から引き離すつもりでいる。
調べれば調べるほど黒になる男となんて居るべきじゃないと判断したからだ。
母親の部屋を片付けながら荷物を纏めていると、瑠奈さんが突然泣き出した。
こんな生活をしてたのかと、苦しげに言う彼女に胸が痛くなった。
瑠奈さんは本当にお母さんの事を心配してくれてる。


「なんだか、呆気ないですね」
ここに来るまでに郁人さんや瑠奈さんが、法律の面や病院なんかの準備をしてくれてたのは分かってる。
それでも、男と簡単に縁が切れた事に肩透かしを食らったような気持ちになった。
「大人は問題を長引かせないんだよ」
ポンポンと私の頭を撫でた郁人さん。
「そうよ。何事もスピーディーに、がもっとうなのよ」
荷物を詰める手を止める事なくそう言って瑠奈さんが笑った。
「俺達じゃこうはいかなかっただろうな」
そう言った霧生は少し悔しそうに見えた。
「当たり前じゃない。私達は貴方達の倍以上生きてるのよ。その分、知識も経験もあるんだもの」
「だよなぁ」
霧生もそこは納得するらしい。
経験値の差って言われたら、本当にそうだもんね。

「瑠奈さん、郁人さん、本当に色々ありがとうございました」
2人に向かって深々と頭を下げた。
「神楽ちゃん、まだ終わりじゃないわ」
「そうだよ。全て終わるまで気を抜くなよ」
瑠奈さんと郁人さんが優しく笑ってくれる。
「はい」
お母さんを病院へ連れて行くまで、終わりじゃない。
彼女が治療を受けて、私を見てくれる様になったら、聞いてみたい事が有る。
彼女にとって、私は生まれて来てもいい存在だったのか? って事をね。
本当は凄く聞くのは怖いけれど、でもどうしてもそれを聞いておきたいと思うんだ。
この先、私が親になった時、子供に胸を張って生まれて来てくれてありがとうと伝える為に。
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