闇の果ては光となりて
「っうか、お前、どうしてあんなに寂しそうな背中して夜の海を眺めてたんだよ?」
片膝を立て、そこに頬杖をついた男がちらりとこちらを見やった。
うぅ···その斜めな目線はヤバイってば。
「···別に。波の流れをぼんやり眺めてただけだし」
別に寂しさを醸し出してたつもりはない。
まぁ、悲壮感が無かったかと言われれば、否定は出来ないけどね。
「女一人で闇に包まれたこんな場所で居るとか、お前、危機感ねぇの?」
「し、失礼な。あるよ、危機感ぐらい」
だから、逃げ出し来たんだし、と自宅で起こった出来事を思い出し、気持ちが重く沈んだ。
酷く落ち込んだであろう顔を見られたくなくて、俯いて下唇を噛み締めた。

「夜の散歩はあんま感心しねぇな。襲ってくれって言ってるようなもんだろ?」
説き伏せるように言葉を続けた彼に苛立ちが募った。
こっちは、襲われそうになって逃げてきたのに。
だったら、どうすればよかったって言うのよ。
「事情も知らないで、良い人の振りは止めて」
心配して言ってくれた相手にこんな風に突っかかるのは駄目だと思うのに、私の口は止まってくれない。
「私だって好きでこんな夜に出歩いてる訳じゃない。見ず知らずの人にお説教される覚えなんてないよ」
顔を上げ、涙を滲ませた視界で見た彼は、突然の私の剣幕に目を丸め戸惑いを滲ませていた。

あ···馬鹿だ、私。
見ず知らずの人に八つ当たりするなんて、一番やっちゃいけない事だったのに。
事情を知らないのは当たり前だ。
私達は、赤の他人なんだから。
私がネグレクトを受けていた事も、義父に襲われそうになった事も、目の前の彼には関係ない事なのにね。
バツの悪さに俯き加減に目を逸らし、小さく息を吐き出した。
「まぁ···どんな事情があんのかは、俺の知った事じゃねぇけど。無性に一人になりたくなる気持ちは分かんなくもねぇな」
声を荒げるでもなく、突き放すでもなかった彼の声は、穏やかで優しかった。
「えっ?···くしゅん」
彼の反応に驚いて顔を上げた途端に出たクシャミ。
うわぁ、なんなの、このタイミング。
「ククク···まぁ、まだ冷たい春の海に落ちたんだ。このままじゃ風邪を引いちまうな。んじゃま、行くか」
声を上げ笑った彼は、立ち上がると私に向かって手を差し出した。
「えっ?」
どういう意味···。
首を傾げ彼を見上げた私に、綺麗な笑みを浮かべたまま彼はもう一度口を開く。
「ずぶ濡れのままじゃどうしようもねぇだろ。一先ず移動するぞ」
なんだか、偉そうだよね、この人。
でも、あんまりムカつかないのは、多分彼の醸し出す空気が柔らかいからなのかも知れない。
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