闇の果ては光となりて
「ほら、行くぞ」
自分の手を取らない私に、しびれを切らしたらしい彼に手首を掴まれた。
自分とは違う大きな手が海水で冷えた肌に、優しい温もりを与えてくれる。
ホッとしたのはどうしてだろうか。
私を見つめる彼のアンバーな瞳に、ピンと張り詰めていた何かが緩んだ気がした。
ぼんやりしたまま、腕を引き上げられそれに抵抗する事なく立ち上がる。
そんな私にゆるりと口角を上げた彼は、岸に向かって歩き出した。

数十歩進んで、ふいに視界に入った灯台の大きな明かりにハッと我に返る。
ダメダメ、知らない人についてっちゃ駄目だよね。
危っない、危ない。
慌てて立ち止まる。
「ん? どうかしたのか」
不思議そうに振り返る彼に、
「どうかしたのか、じゃ無くてね。知らない人についてくのは駄目だよね」
うん、絶対駄目だよ。
小学校の時に、先生に言われたし、お婆ちゃんにも知らない人にはついてっちゃ駄目だって言われたもん。
「···はぁ? 何言ってんだ」
呆れた顔で見下された。
うわぁ、改めて見るとこの人、凄く背が高い。
150センチの私と比べ頭一個半は違うと思う。
イケメンは顔も良くて背も高いってのが、セオリーなのかな。

おっと、余計な事を考えてる場合じゃないや。
とにかく手を離してもらおう。
「私、もう帰るから手を離して」
本当は帰る場所なんて無いけれど、精一杯の虚勢を張った。
「知らない人ね。お前、俺の事は見たことねぇのか?」
「あるわけ無いじゃん」
「俺もまだまだって事か···。俺は室町霧生(むろまちきりゅう)。お前は?」
意味の分からない言葉を漏らした後、名乗った彼に、つい返してしまう。
「望月神楽(もちづきかぐら)···あっ···」
思わず自分の名前を言っちゃったよ。
なにしてんの〜! 私ってば。
焦る、本気で焦る。
海水で濡れた身体は海面から拭き上げてくる風に冷やされ、寒いはずなのに焦りのせいで冷や汗がたらりと額を伝った。

「神楽な。俺の事は霧生でいい。これで知らない人じゃなくなったぜ」
なんだ、そのこじつけ。
「いや、呼ばないし、行かないから。離して」
「キャンキャンと騒ぐんじゃねぇよ。お前みたいなガキを襲うつもりはねぇから安心しろ」
ほら行くぞ、と強い力で引かれた。
つんのめりながらも歩いてしまう自分の非力さに泣きそうになる。
軽くディスッて来るような奴の思い通りになるなんて、かなり癪だ。
「危なくねぇって事は保証してやる。とにかくこの濡れ鼠をなんとかしねぇと、どこにも行けねぇだろうがよ」
「本当に?」
半信半疑で聞いてみる。
確かに彼の言う通り、このままじゃ困る。
「ああ。俺を信じろ」
「わ、分かった」
家に帰るという選択のない私は、渋々ながらも彼に従い歩き出す。
初めて会ったばかりの霧生を信用しようと思ったのは何故だろうね。
この時には、もう何かが廻りだしていたのかも知れないね。


この後、危なくないと言った彼の言葉を信じた自分の愚かさを嘆くことになる。
そして、「危ねぇじゃねぇかよ!」と芸人顔負けのツッコミを自らが行うことになるだなんて、誰か想像しただろうか。
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