闇の果ては光となりて
「ククク···それだけ元気がありゃいい。その奥のドアの向こうにシャワー室がある。着替えは後で持っていってやるから、先に入ってろ」
俺様口調の霧生が、顎で指したのは部屋の右奥のドア。
「き、霧生はどうするの?」
「俺は、別の部屋を使う。つべこべ言わず行ってこい」
ポンと押し出すように背中を押され、つんのめりながらも数歩前に出た。
こんな知らない場所でシャワーを使えって言われても、はいそうですかって使えるわけ無いじゃん。
得体の知れない場所に只々気持ちが萎縮する。
海水が張り付いて気持ち悪いし、髪だってゴワゴワするし、なんか潮っぽい匂いもするし、着替えたいのは山々だけど、簡単に信用していいのか甚だ疑問だ。
まぁ、霧生を信じてここまでついてきてしまったのは、私の意志なんだけど、シャワーを浴びるとなると話はまた変わってくる。

霧生を振り返り疑念を乗せた視線を向ける。
「···」
「んな、疑った顔しねぇでも、何にも危険はねぇ。今はこの部屋に誰も居ねぇしな。それに、この溜まり場で俺の連れてきた人間に悪さをするような奴は居ねぇよ」
それは保証してやる、と付け足した霧生は私を見据えたまま楽しげに口角を上げた。
ヤバい···光のある場所で改めて見ると、無茶苦茶美丈夫だよね、この人。
やたらとドキドキするから、出来れば見つめないで貰いたい。
心臓に悪いよぉ。
こっちは、イケメンに免疫ないんだからね。

「さっさといけよ。貞子みたいになってんぞ。まるでホラーだな」
その一言が決め手だった。
「わ、分かった」
年頃の女の子が貞子と言われて、そのままでいられるわけが無い。
不承不承で奴に背を向け、早足で教えられたドアへ向かう。
背中から霧生の楽しそうな笑い声が追いかけてきたけれど、私は気が付かない振りをして辿り着いた先のドアを少し乱暴に引き開けた。

「しっかり温もれよ」
ドアを閉める前にそんな声が聞こえたけれど、返事を返してやったりはしなかった。
何なんだ、あいつ。
本当、意味分かんないよ。
心の中で悪態をつき、室内に目を向ければ、そこは霧生が言ってた通りシャワールームが完備されていた。
簀の子が敷かれた場所の前に、細めのカウンターがあり、その上は鏡張りになっていて、カウンターの上にドライヤーや洗面道具などの細々した備品が置かれていた。
カウンターの横には用途の違ったタオルがサイズ別に収められた三段のカラーボックスがあり、その上にはお風呂屋で見かけるような籐の籠が何個か積み重ねられていた。
そして、大きな引き戸の曇ガラスの向こうはシャワー室になっていた。
歯磨きをする為なのか、小さな洗面台まであるよ。
倉庫の中なのに、設備が完璧なんですけど。
さっきの部屋といい、倉庫内はかなりの改装を施されてる事だけは確かだよね。
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