闇の果ては光となりて
化粧室に入ると、中は白を貴重としたバロック調の様式で作られていた。
5つ並ぶ洗面台は、金色の猫脚になっていてその前に取り付けられた長方形の大きな鏡も金色の装飾で縁取られていた。
16世紀頃のヨーロッパの城を思わせる作り。
トイレでお城を思い出すのはどうかと思わなくもないが、それぐらい鮮やかで綺麗だった。
5つ並ぶ個室のドアノブでさえアンティークゴールドの飾り彫りがされている。
清潔感があり、爽やかな香りさえする化粧室に、吐息が漏れた。
5つある個室のうち使用されてるのは1つ。
人が出てこないうちに、化粧直ししよう。
トイレで遊んでる場合じゃないやと思い返し、袈裟掛けしていたポーチからブラシとコンパクトを取り出した。

綺麗に磨かれた鏡に映る私の顔は、情けないぐらいに落ち込んでる。
こんな顔で笑っていたのかと思うと、コウに申し訳ない気がした。
しっかりしてよね、自分に言い聞かせながらコンパクトを開け目尻の涙の後に押し付けた。
これから美味しい物を食べに行くんだからね、と自分に言い聞かせ、ダンスで乱れていた髪をといた。

個室のドアが開き、20代後半の女性が出てくる。
それを鏡越しにチラ見するも、彼女は私の事なんて気にする様子もなく、洗面台で手を洗うと化粧室を出て行った。
野良猫関係で絡まれなくて、ホッとする。
今は、あの手の人達と張り合える気力なんて無いもん。
遠ざかって行く足音に安心してると、不意にそれは2つに重なり合い1つがこちらへと向かって来た。
駄目だ···もう出よう。
今度そこ、因縁を付けてくるような相手かもしれないし。
急いでポーチにブラシとコンパクトをしまうと、化粧室の入り口に向かって歩き出した。

前から来た人の気配に、横に退いてやり過ごそうと俯き身体を移動させる。
だけど、前から来た人は私の横で立ち止まった。
横に並んだのはヒールの高い赤いパンプス。
いよいよ面倒臭い相手かと思っていると、声がかけられた。
「貴方野良猫の子猫ちゃんよね?」
あぁ、ビンゴ!
ウザく絡んで来られたら嫌だなぁ。
「そうですけど···っ」
黙っていても埒が明かないだろうと覚悟を決め顔を上げ、息が止まった。
こちらを見て綺麗な顔で微笑むのは、霧生の彼女だった。
疼く胸、霧生の隣に居る権利を無条件で持ってる彼女に嫉妬に似た何かがじわりと湧く。
どうしてここに? そんな思いを浮かべたまま目の前の彼女と見つめ合った。
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