相思相愛ですがなにか?
「婚姻届は結婚式が終わってから出しませんか?」
私は手を痛いほどに固く握りしめながら、入籍の保留を伊織さんに打診したのだった。
……伊織さんとはまだ結婚できない。
こんな中途半端な状態で事実上の妻の座を手に入れても意味がないことに気が付いてしまった。
せめて結婚式が終わるまで、私に時間をください。
それまでに、伊織さんの心から他の女性を追い出して、私のことしか考えられないようにしてみせる。
強い意志で伊織さんを見つめると、彼の瞳がわずかに揺れた。
しかし、それは一瞬で消え失せてしまった。
「……わかった」
延期の理由も聞かなかったのは優しさだったのか。
それとも、単に私に興味がなかったからなのか。
自分で言い出したくせに泣きそうになっている私を、伊織さんはそっと抱き締めてくれた。
(私は……あなたを愛しています……)
だから、私を抱いているこの時だけは、他の女性のことなど忘れて欲しい。
伊織さんの温もりに縋りついているその時、ポケットの中に入れてあった携帯には遠く異国の地より、新たな波乱を知らせる着信があった。
私が電話に気がついたのは、ゲストルームに戻ってからのことだった。