相思相愛ですがなにか?
私は伊織さんの部屋のカウチソファに座り、彼の帰りを今か今かと待ちわびていた。
事前に連絡をもらっていた時間通りに帰宅した伊織さんに、私は努めて明るく振舞った。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
5日ぶりに見る伊織さんは長旅の疲れを感じさせることなく、いつも通り頬に私のキスを受けた。
互いにあのプールの出来事には一切触れようとしないのが逆に不自然だった。
部屋に着くなりスーツを脱ぎ始める伊織さんを手伝い、脱ぎやすいようにジャケットの端を摘まむ。
Yシャツごしの逞しい背中を見てあの時のことを密かに思い出し、伊織さんが触れたところが燃えるように熱くなった。
……そうだ。
あの時、確かに私は伊織さんを怖がっていたけれど、心のどこかで喜んでもいたのだ。
いつも冷静で慎み深い伊織さんが見せてくれた熱い衝動を、何もかもを忘れぶつけられた欲望の丈を、私は歓迎していた。
……あの情熱は他の誰でもなく私だけに向けられていたものだ。
信じてみよう。
正直に打ち明ければ、きっと伊織さんだって……。
ジャケットとネクタイを預かりハンガーに掛け終わると、私はなけなしの勇気を振り絞り伊織さんに申し出た。
「あの……私達、話し合いが必要だと思わない?」
「そうだね」
話し合いの席に着くことに、同意してもらえてホッとする。
話し合いに応じてくれるということは、現状を打開する余地があるということだ。
「私……」
ずっとあなたが好きだったと言おうとして、伊織さんに先を越される。
「婚約を解消しよう」
……それは待ち望んでいた愛のセリフとは真逆の耳を疑うものだった。