相思相愛ですがなにか?

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「どうしたんですか?」

「何でもない」

あの夜のキスを反芻するたびに書類に判を押す手が止まってしまっては、片山くんに不審に思われるのも無理はなかった。

あんなものは挨拶にすぎない。

南城家では後学のため伝統的に英国への留学が義務づけられていると冬季緒から聞いている。

月子ちゃんも例にもれず大学生の時に英国へ短期留学していたのだから、キスは挨拶のうちだろう。

真に受けてはいけないと分かっているのに、頬が緩むのが止められない。

だって、そうだろう?

あの久喜とかいう男には嫌悪感を露わにしていた彼女が、俺には自らキスしてくれたんだ。

政略結婚の相手なんて嫌われてもおかしくないのに、親愛の情を示してくれた。

これを僥倖と言わずしてなんと言う。

(まあ、そう上手くは行かないか……)

そうそう浮かれてもいられない。

彼女との結婚に一筋の希望を見出す一方で、まだまだ問題は山積みであった。

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