相思相愛ですがなにか?
(伊織さんに迷惑かけた。死にたい……)
婚約解消を告げられなかったのは助かったが、生き恥をさらして気分は最悪だった。
「冷めちゃったけど、持ってきた盛り合わせ食べる?」
「食べません……」
食べ物が喉を通るはずがない。
伊織さんが何事もなかったように話しかけてくれるから、余計に死にたくなる。
「どうしたの?」
「だって……自分が情けなくて……」
伊織さんの前では彼に相応しい“完璧な月子”でいたかったのに、これでは真逆だ。
取り返しのつかない失敗をしたとひたすら落ち込んでいると、伊織さんが突然大きな声で笑い出した。
「ふふっあはは!!」
私があっけにとられていると、今度は笑いを堪えるようにくぐもった声になり口元を押さえ始めた。
……こんな伊織さんは見たことがなかった。
私にわかるのは伊織さんがちっとも怒ってなどいないということだけだった。
ほら、その証拠に私の頬を撫でる手はいつもと変わらず優しい。
「月子ちゃんにはいつも驚かされてばかりだよ」
風がそよぐバルコニーに伊織さんとふたりきり。
クラシック音楽がかすかに鳴り響く中、私は伊織さんの極上の笑みに胸が高鳴らせた。
「この調子で結婚生活もよろしくね?」
何とはなしに語られる未来に、私は伊織さんに愛される日が訪れる希望を見出したのだった。