極上御曹司は契約妻が愛おしくてたまらない
◇◇◇
「……奈子」
陽奈子はふと、遥か彼方から自分の名前が呼ばれた気がした。
細い糸を引っ張るように、遠くのほうにある意識を手繰り寄せていく。
意識が少しずつはっきりとしてくるのを漠然と感じながら、それでもなお現実との狭間で心地いい空間を漂っていた。
「陽奈子、遅刻するぞ」
囁きのような声とともに肩が揺すられる。
(遅刻? 遅刻って……?)
そこでようやく瞼を薄っすらと開けた。陽奈子の視界のすべてを埋め尽くしたのは、貴行の顔のドアップだ。
「――えっ!?」
弾かれたように飛び起きる。それこそバッタかと見紛うような弾み方だ。
自分の身体にこんなに性能のいいバネが装着されているとは思いもしなかった。