恋のレッスンは甘い手ほどき
1.ときめくって何だっけ
ときめくって、なんだっけ?

どんな感じだっけ?

私には思い出せない感覚。縁のない感覚。

このままでいいのかな?

ときめきを忘れたまま?

誰か私に教えて。

ときめきを教えて……。


ーーーー


「だからー、胸がキュンとなることよー」

目の前で親友の望(のぞみ)が両手を胸の前で組んで、身体をクネッとしならせる。

「キュン……?」

私はコテンと首を傾げた。

望と久々の飲み会。

ふと、「ときめくって何だっけ?」と聞くと、望はそう答えたのだ。

スタイル抜群の望にそんな仕草をされたら、私が男なら喜んでいただろうな、とハイボール片手にぼんやりと考える。
まぁ女同士、しかも親友にそんな喜びは残念ながら微塵も感じないのだけれど。
私はハイボールを一口飲んで、コースターの上に置いてため息をついた。

「キュンねぇ。そうね……、仕事に疲れて胸が苦しくなることはあるけど」
「いや、それ病院行きだから」

冗談めかして言うと、冷めたい目で間髪入れずに突っ込まれる。

さすが親友。
ツッコミが速い。

仕事終わりの金曜日、大学時代からの親友である山本望と個室居酒屋で仕事終わりの一杯を楽しんでいた。
私はハイボールに、望はビール。
いつものように飲んでいると、望に彼氏ができたと報告があったのだ。

「あれ? 春から付き合っていたバーの店長は?」
「浮気された」
「お気の毒に……。今回は短かったね」

現在秋にして、今年すでに通算3人目。
望の彼氏がコロコロ変わるのは今に始まったことではないから、私はもう慣れっこだ。

「さて、今回の彼氏はいつまでもつのやら」

私の呆れ気味の口調に「今回は大丈夫だよー」と親指を立てた。これも毎度のこと。

苦笑する私に、今度は望の方から「いい加減、鈴音も恋をしなさいよ」と苦言を呈される。

恋かぁ……。

「そうだねぇ」

それには苦笑いか、ため息しか出ない。

私に恋なんて出来るのかな。


恋多き望と違って、私、滝本鈴音は恋なんてものは学生時代が最後だった。
それから20代が終わる今まで、まともに出来ていない。

そう、まともにだ。

なんで!? どうして!?

見た目的には、自分でも平凡だと思う容姿だ。

凄く良いわけではないが、凄く悪いわけでもない。背中まで長いストレートの黒髪にやや大きめの瞳。
よく見ると綺麗な顔立ちだと言われるが、だからと言って派手で目立つようなタイプでもなく、そこまでパッとしない。
決して華やかな雰囲気がある方ではない。

それがいけないの!?
華やかでないとモテない!?

かといって、性格はどちらかといえば受け身だし、すごく社交的ということでもなく、友達も決して多い方ではない……。
消極的で人見知りというわけではないが、自分からはガツガツ行く方ではない。
男受けなら望の方が断然いいといえる。

いや、わかってるよ。
良くないってことは……。

でもだからといって、今更どう変えて良いかなんてわからないんだもん!

あ、別に学生時代の恋を引きずっているとか、傷を負ったとかそんなのではない。

そんなセンチではなくて……、なんというか恋愛は……。

恋愛はしたいと思っていても、いいなと思う人には大抵彼女や奥さんがいて、恋をする前に諦める癖がついていたんだよね。

奪ってやろうとか、そんな気持ちは微塵もおこらない。
むしろ、面倒なことになる前に距離を取ろうとしてしまう。

そう。

私が恋愛できない理由は、この地味な性格と諦め癖が強いということ。

ここが大きいと思う。

しかも、もとから恋愛体質ではなかったことも輪をかけて、別に彼氏なんていずれ出来るだろうとのんびりと構えていた。
そうしたら、いつの間にかアラサーになり、今となってはもトキメクということがどういうことか忘れてしまった。

そこそこ重傷だとは思う。

「胸がキュンとすることないの?」

呆れ口調の望に首を傾げる。

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